【ことわざ】
犬になるなら大家の犬になれ
【読み方】
いぬになるならおおやのいぬになれ
【意味】
同じ人の下につくなら、力や信用のある相手を選ぶほうがよい、というたとえ。


【類義語】
・寄らば大樹の陰(よらばたいじゅのかげ)
・大所の犬となるとも小家の犬となるな(おおどこのいぬとなるともこいえのいぬとなるな)
【対義語】
・鶏口となるも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ)
「犬になるなら大家の犬になれ」の語源・由来
このことわざは、犬として飼われるなら、小さく頼りない家よりも、大きく暮らし向きのよい家に飼われるほうがよい、という身近な生活のたとえから成り立っています。古い形に出てくる「大所(おおどこ)」には、大きな構えの家・財産家、また、勢力のある主だった人という意味があり、「大所の犬」は、力のある相手のもとにいる犬を思わせる表現です。
太田全斎著『諺苑(げんえん)』(1797年・江戸時代後期)には、「犬になるとも大所の犬になれ」の形が出ています。この段階で、犬を素材にしながら、人が何かをするときには、相手や主人をよく選ぶべきだという教えとして使われていました。
「犬になるとも」という古い言い方は、「たとえ犬のような低い立場になるとしても」という強い仮定を含みます。つまり、立場そのものを誇ることではなく、どうしても人の下につくなら、頼るに足る相手を選ぶべきだ、という現実的な知恵を表しています。
表記には、「大所の犬」「大家の犬」などの形があります。明治25年(1892年)の落語『出世の鼻』には、「立ち寄らば大樹の陰」と並んで、「犬になっても大家の犬になれ」という言い方が出てきます。この用例では、よい後ろ盾や頼り先を選ぶという考えが、日常のたとえとして自然に使われています。
また、「大所の犬となるとも小家の犬となるな」という形もあります。「小家(こいえ)」を持ち出すことで、大きく勢力のある相手につくことと、力の乏しい相手につくこととを対比し、同じ仕えるなら前者を選べという意味を、さらに明確に示しています。
現在の「犬になるなら大家の犬になれ」は、身分の上下をそのままよいとする教えではありません。弱い立場や従う立場にならざるを得ない場合でも、相手の力・信用・器量を見きわめ、自分をむやみに損なわない選択をせよ、という実際的な教訓として使われます。
「犬になるなら大家の犬になれ」の使い方




「犬になるなら大家の犬になれ」の例文
- 就職先を選ぶとき、祖父は犬になるなら大家の犬になれと言って、信用のある会社をすすめた。
- 同じ助手を務めるなら、犬になるなら大家の犬になれで、経験豊かな先生の下で学ぶほうがよい。
- 小さな約束も守らない相手に従うくらいなら、犬になるなら大家の犬になれを思い出すべきだ。
- 地域の行事を手伝うなら、犬になるなら大家の犬になれで、責任者がしっかりした団体を選びたい。
- 彼は将来の学びを考え、犬になるなら大家の犬になれという考えで有名な工房に入った。
- 新しい取引を始めるなら、犬になるなら大家の犬になれで、信用の厚い相手を選ぶほうが安心だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・太田全斎著、頼惟勤解説『諺苑 春風館本』新生社、1966年。























