【ことわざ】
居仏が立ち仏を使う
【読み方】
いぼとけがたちぼとけをつかう
【意味】
座っている者が、立っている者に用事を頼むことのたとえ。


【英語】
・make use of whoever is at hand(手近にいる人を役立てる)
【類義語】
・立っている者は親でも使え(たっているものはおやでもつかえ)
【対義語】
・立ち仏が居仏を使う(たちぼとけがいぼとけをつかう)
「居仏が立ち仏を使う」の語源・由来
「居仏が立ち仏を使う」は、仏像の姿を人の動作になぞらえたことわざです。「居仏」は座った姿の仏像、または座っている仏を指し、「立ち仏」は立った姿の仏像、または立っている仏を指します。
もとの発想は、座って動かない仏と、立っている仏を対にするところにあります。座っている者が、わざわざ自分で立つよりも、すでに立っている者に用事を頼むという、身近な場面が重ねられています。
「居仏」という言葉の古い用例には、『虎明本狂言』「魚説経」(室町末期から近世初期)の「たちぼとけもいぼとけも、だんなばからひといふ事が有程に」という一節があります。ここでは、立っている仏も座っている仏も、檀那の思いしだいに扱われるという文脈で使われています。
この古い例は、現在の「居仏が立ち仏を使う」そのものではありません。それでも、「立仏」と「居仏」を対にして考える言い方が、室町末期から近世初期の言葉の中にすでにあったことを示しています。
「立仏」は、元禄期の俳諧集『韻塞(いんふたぎ)』(1696年・江戸時代前期、李由・許六選)にも出てくる言葉です。そこでは「涅槃像後は釈迦の立仏」という例があり、立った姿の仏像を表す語として使われています。
このように、「居仏」と「立仏」は、もともと仏像の姿を表す言葉です。そこから、座っている人と立っている人を、仏像の姿に見立てる言い回しが生まれたと考えられます。
「居仏が立ち仏を使う」が表すのは、座っている者が立っている者に用事を頼むことです。仏という尊い存在を用いながら、実際には日常のちょっとした頼みごとを表すところに、おどけた味わいがあります。
近い発想の言い方に、「立っている者は親でも使え」があります。これは、人に何かしてもらうとき、座っている人より立っている人に頼む方が早いという考えを表し、忙しいときには手の空いている者なら誰に頼んでもよいというたとえです。
ただし、「立っている者は親でも使え」は、立っている人に用事を頼むときの言い訳めいた言葉としても使われます。そのため、「居仏が立ち仏を使う」も、相手の立場を考えずに命令する言い方ではなく、軽い冗談や遠慮を含んだ頼み方として受け取るのが自然です。
反対の形に、「立ち仏が居仏を使う」があります。これは、立っている者が座っている者に用事を頼むたとえで、自分でできることを無精して人にさせる意味をもつため、「居仏が立ち仏を使う」とは向きが逆になります。
つまり、このことわざは、仏像の姿を借りて、座っている人と立っている人の位置関係を分かりやすく表した言い方です。身近な用事を頼む場面を少しユーモラスに言い表すところに、このことわざの特徴があります。
「居仏が立ち仏を使う」の使い方




「居仏が立ち仏を使う」の例文
- 文化祭の準備で座って名札を書いていた係が、近くで立っていた友人に箱を取ってもらい、居仏が立ち仏を使う形になった。
- 資料を整理している母が、台所に立っていた父に封筒を取ってもらうのは、居仏が立ち仏を使う場面である。
- 会議中に座ったままコピー用紙を探していた先輩が、通りかかった後輩に棚を見てもらい、居仏が立ち仏を使うことになった。
- 本読みの係で席に着いていた児童が、黒板のそばで立っていた友人にチョークを渡してもらったのは、居仏が立ち仏を使う例である。
- 急いで弁当を包んでいた姉は、そばで立っていた弟にハンカチを頼み、居仏が立ち仏を使うようなやり取りになった。
- 座って作業している人が、近くで立っている人に小さな用事を頼むとき、居仏が立ち仏を使うという言い方が合う。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・小学館『大辞泉』編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・李由・森川許六選『韻塞』井筒屋庄兵衛、1696年。
・『虎明本狂言』室町末期〜近世初期。























