【故事成語】
鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず
【読み方】
おうむよくいえどもひちょうをはなれず
【意味】
人の言葉をまねてうまく話す鸚鵡も、やはり鳥であることに変わりはないということから、口先ばかり達者で、実際の行動が伴わないことのたとえ。


【英語】
・all talk and no action(口では言うが、実際には行動しないこと)
【類義語】
・舌先三寸(したさきさんずん)
・言うは易く行うは難し(いうはやすくおこなうはかたし)
【対義語】
・言行一致(げんこういっち)
・不言実行(ふげんじっこう)
「鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず」の故事
「鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず」は、中国の儒教経典『礼記(らいき)』「曲礼上」に出てくる文にもとづく故事成語です。『礼記』は、前漢の戴聖(たいせい)が礼に関する記録を選んでまとめた四十九編の書物で、古代中国の礼法や生活規範を伝えています。
「曲礼上」は、人が社会の中で守るべき作法や心構えを説く篇です。そこでは、礼は人と人との関係を整え、けじめを明らかにするものとして語られます。
もとの文には、「鸚鵡能言,不離飛鳥」とあります。これは、鸚鵡は人の言葉を話すことができても、飛ぶ鳥の仲間を離れるわけではない、という意味です。
続けて、『礼記』には「猩猩能言,不離禽獸」とあります。猩猩(しょうじょう)も言葉を話すことができるとされますが、それでも禽獣、つまり鳥やけものの仲間を離れるわけではない、という対比です。
この二つの例は、ただ言葉を話せるだけでは、人間らしさを示したことにはならない、という考えにつながります。『礼記』はそのあと、人でありながら礼をもたないなら、言葉を話せても禽獣の心と違わないのではないか、と説いています。
ここでいう「礼」は、あいさつの形だけを指すものではありません。人を敬う心、親子や友人との関係を整える作法、社会の中で節度をもってふるまうことを含む、広い考え方です。
つまり、この故事成語の出発点は、鸚鵡のものまねの上手さそのものではありません。言葉だけが整っていても、心や行いが伴わなければ、人として大切なものを欠いている、という戒めにあります。
日本語では、室町時代の国語辞書『下学集(かがくしゅう)』の元和三年、すなわち1617年の刊本に、この故事成語の古い用例が見られます。『下学集』は、1444年・室町時代に成立した辞書で、日常語を部門ごとに集め、江戸時代初めにも刊行されました。
古い漢文では「鸚鵡能言,不離飛鳥」と簡潔に書かれましたが、日本語では「鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず」という訓読調の形で受け継がれました。「飛鳥」は、ここでは地名の「あすか」ではなく、空を飛ぶ鳥という意味で「ひちょう」と読みます。
現在では、礼を欠くことだけに限らず、口では立派なことを言うのに実行が伴わない人を戒める表現として使われます。言葉の上手さよりも、その人の行いこそが大切だという教えが、この故事成語の今の意味につながっています。
「鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず」の使い方




「鸚鵡能く言えども飛鳥を離れず」の例文
- 地域の清掃に参加すると言いながら一度も来ないのでは、鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずと言われてもしかたがない。
- 友人は大きな計画を語るばかりで準備を始めず、鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずの態度に見えた。
- 会社の会議で立派な改善案を述べても、自分では動かないなら鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずである。
- 毎日勉強すると宣言して机に向かわない兄を見て、母は鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずだと注意した。
- 人を助けたいと口にするだけで何もしないのは、鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずというものだ。
- 礼儀の大切さを話すだけで相手を大事にしないなら、鸚鵡能く言えども飛鳥を離れずに当たる。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・戴聖編『礼記』。
・東麓破衲『下学集』1444年成立、1617年刊行。
・Cambridge University Press, 『Cambridge Dictionary』。
・Merriam-Webster, 『Merriam-Webster Dictionary』。























