【ことわざ】
奥山の杉のともずり
【読み方】
おくやまのすぎのともずり
【意味】
自分の行いが原因となり、自分自身が苦しむこと。自業自得。


【英語】
・You reap what you sow(自分の行いの結果は自分に返ってくる)
【類義語】
・自業自得(じごうじとく)
・身から出た錆(みからでたさび)
・檜山の火は檜より出でて檜を焼く(ひのきやまのひはひのきよりいでてひのきをやく)
「奥山の杉のともずり」の語源・由来
「ともずり」は、漢字で「共擦」と書き、木の葉や枝などが互いにすれ合うことを指します。「奥山の杉のともずり」は、深い山で杉の枝どうしがこすれ合い、そこから生じた火によって杉自身が焼けるという、古い見立てをもとにした表現です。
この言い方の古い姿は、平安時代後期の武将・歌人である源頼政の家集『頼政集』(12世紀後半成立)に出てきます。源頼政は1104年に生まれ、1180年に没した人物で、武人として活躍する一方、多くの和歌を残しました。
『頼政集』には、「おく山の杉のともずり我なれや」とあり、続けて「わが恋ゆゑに身を焦がすなり」と詠まれています。自分は奥山でこすれ合う杉のようなものなのだろうか、自分の恋心のために、自らの身を焦がしているという意味の歌です。
ここで大切なのは、杉を焼く火が外から来るのではなく、杉どうしの「ともずり」から生じると捉えている点です。恋の苦しみも、外から一方的に与えられたものではなく、自分の心に生まれた恋によって、自らが苦しむものとして表されています。
この古い用例では、現在のような教訓を直接述べるのではなく、恋に悩む心を表す和歌のたとえとして使われています。ただし、自分の内から生じたものによって、自分自身が苦しむという形は、現在のことわざの意味とすでにはっきりつながっています。
後には、歌の後半を伴わず、「奥山の杉のともずり」という部分だけで、自分の行為が原因となって自分が困ることを表すようになりました。恋に限らず、欲張りな振る舞い、軽率な計画、うそや悪だくみなど、自分で生んだ原因が自分に返る場面へと意味が広がっています。
また、ひいきや応援が度を越し、応援される側をかえって苦しめる場合にも使われます。同じ杉どうしのこすれ合いが杉を焼くという見立てが、身近な者による行き過ぎた働きかけにも重ねられたものです。
つまり、このことわざは、平安時代後期の恋歌に表れた「杉のともずり」という山の景色から、自分の行いが自分を苦しめるという一般的な教訓へと意味を広げた表現です。火を生むものと、その火によって害を受けるものとが同じであるため、「自業自得」の意味を印象深く伝えています。
「奥山の杉のともずり」の使い方




「奥山の杉のともずり」の例文
- 弟はゲーム機を独り占めしようと隠した場所を忘れ、奥山の杉のともずりとなった。
- 友人の失敗を面白半分に言い広めて信用を失ったのは、まさに奥山の杉のともずりだ。
- 準備費を惜しんで安全確認を省き、祭りそのものが中止になったのでは、奥山の杉のともずりである。
- 熱心な応援が選手への過度な要求に変わり、かえって調子を崩させたのは奥山の杉のともずりだ。
- 会社は検査の手間を省いたために大量の製品を回収することになり、奥山の杉のともずりに陥った。
- 注目を集めようと事実でない情報を投稿し、自分の信用を失うとは奥山の杉のともずりだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・源頼政『頼政集』12世紀後半成立。
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary』。
・Cambridge University Press & Assessment『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary』。























