【ことわざ】
鬼の目にも見残し
【読み方】
おにのめにもみのこし
【意味】
どれほど注意深く、厳しく目を光らせている人でも、ときには見落としや手抜かりがあるということ。


【英語】
・Even Homer sometimes nods(どれほど優れた人でも、ときには誤りを犯す)
【類義語】
・鷹の目にも見落とし(たかのめにもみおとし)
・弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
・河童の川流れ(かっぱのかわながれ)
「鬼の目にも見残し」の語源・由来
「鬼の目にも見残し」は、鬼のように厳しく、容赦なく隅々まで目を光らせる人であっても、すべてを見つけ出せるとは限らないという考えを表したことわざです。ここでの「鬼」は、単に昔話に登場する怪物ではなく、荒々しく恐ろしいものや、人情を交えず厳しく振る舞う人をたとえる言葉として使われています。
「見残し」は、「見残すこと」、または「見ないまま残ったもの」を表す名詞です。現代では、このことわざの中で、十分に注意したつもりでも見つけられなかった箇所、すなわち「見落とし」に近い意味を担っています。
「見残し」という言葉の古い用例は、浮世草子(うきよぞうし)『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』(1711年・江戸時代中期、八文字自笑作、江島其磧代作)にあります。作中には、「人間万事は夢の見残し」とあり、ここでは、この世で見ずに残したものという意味で使われています。
この用例は、「鬼の目にも見残し」ということわざそのものではありません。しかし、「見残し」が、江戸時代にはすでに名詞として用いられ、見ずに残したことやものを表していたことが分かります。そこから、注意を尽くしてもなお残った見落としを「見残し」と呼ぶ言い方にも、無理なくつながります。
また、日本語には、古くから「鬼の目にも涙」ということわざがあります。『寛永刊本蒙求抄(かんえいかんぽんもうぎゅうしょう)』(1529年ごろ・室町時代後期)には、「鬼の目に涙ぞ」という用例があり、無慈悲な者でも、ときには情に動かされるという意味を表しています。
「鬼の目にも涙」と「鬼の目にも見残し」は、意味こそ異なりますが、どちらも「鬼でさえ例外ではない」という意外性を利用しています。前者では、冷酷な鬼にも涙があることを示し、後者では、何も見逃さないような鬼の目にも見落としがあることを示しています。
似た形の「鷹の目にも見落とし」も、鋭い目をもつ鷹でさえ、見落とすことがあるという意味です。「鬼の目にも見残し」は、鷹の視力よりも、鬼のように厳しく監視する人の姿を強く思わせるため、細かな点検や取り締まりに慣れた人の手抜かりを表すのに適しています。
このことわざは、失敗した人を強く責める言葉ではありません。注意深い人にも誤りは起こるため、一人の力を過信せず、別の人が確かめたり、時間を置いて見直したりすることが大切だという教えにもつながります。
「鬼の目にも見残し」の使い方




「鬼の目にも見残し」の例文
- 経験豊かな校正者が誤字を一つ見逃し、鬼の目にも見残しだと皆が驚いた。
- 点検の厳しい先生も名前の書き忘れに気づかず、鬼の目にも見残しとなった。
- 何度も帳簿を調べた会計担当者が一か所だけ計算違いを見逃し、鬼の目にも見残しを思わせた。
- 防犯映像を細かく確かめた警備員にも見落としがあり、鬼の目にも見残しというほかなかった。
- 熟練した整備士が小さな傷を見つけられず、鬼の目にも見残しがあるものだと反省した。
- 委員全員で資料を読み直したのに日付の誤りが残り、鬼の目にも見残しだと再確認の必要を感じた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』。
・八文字自笑作、江島其磧代作『傾城禁短気』1711年。
・『寛永刊本蒙求抄』1529年ごろ。























