【ことわざ】
思い置きは腹の病
【読み方】
おもいおきははらのやまい
【意味】
先々のことを心配しすぎると、その心労が健康を損なうということ。


【英語】
・Care killed the cat(心配しすぎは身を損なう)
【類義語】
・病は気から(やまいはきから)
・案ずるより産むが易し(あんずるよりうむがやすし)
「思い置きは腹の病」の語源・由来
「思い置き」は、あとあとのことに心を残し、将来を心配することです。「腹の病」は、心配を胸の内に抱え続けることを、体の中に病を抱えることにたとえています。したがって、特定の病名を表すのではなく、先々を案じすぎる心労は身のためにならないという戒めを述べた言葉です。
「思い置き」のもとになった動詞「思い置く」は、古くから使われています。『後撰和歌集(ごせんわかしゅう)』(951~953年ごろ成立、平安時代中期)には、あることを気にかけ、あとに心を残すという意味の用例があります。一方、『蜻蛉日記(かげろうにっき)』(10世紀後半成立、平安時代中期、藤原道綱母著)には、前もって考え、心に決めておくという意味で「思ひをき」とあります。
この二つの意味には、考えや気掛かりを心の中にとどめておくという共通点があります。「置く」という言葉によって、思いをすぐに手放さず、胸の内に残している様子が表されています。後に、このうち、将来への心配や心残りを表す意味から、名詞の「思い置き」が用いられるようになりました。
「思ひ置きは腹の病」という一続きの表現は、『浮世物語(うきよものがたり)』(1665年ごろ・江戸時代前期、浅井了意著)の巻一に出てきます。『浮世物語』は、諸国を巡る浮世房の生涯を通して、当時の世相を批判しながら、教訓や娯楽を織り込んだ仮名草子(かなぞうし)です。
その冒頭には、「一寸先は闇なり。なんの糸瓜の皮、思ひ置きは腹の病、当座々々にやらして」とあります。先のことは分からないのだから、将来への心配を腹の中にため込まず、物事にはその時その時に処していこう、という意味です。
この一節に続いて、月や雪、花や紅葉に心を向け、歌を歌い、酒を飲んで慰み、心を沈み込ませずに生きる姿が語られます。水に浮かぶ瓢箪(ひょうたん)のように、苦労に沈みきらずに世を渡る生き方を「浮世」と呼んでおり、「思ひ置きは腹の病」は、その人生観を端的に表す一句となっています。
ここで勧められているのは、必要な備えまで捨てることではありません。どうなるか分からない将来を繰り返し案じ、まだ起きてもいない不幸のために、今の心まで苦しめないようにすることです。「腹の病」という強い言い方によって、取り越し苦労が人を内側から弱らせることを、印象深く表しています。
その後、『傾城色三味線(けいせいいろじゃみせん)』(1701年・江戸時代中期、江島其磧著)には、「気をやむおやぢあって、子共の行末の事迄、無用の思ひ置」とあります。子どもたちの将来まで余計に心配する父親を描いた箇所で、「思い置き」は、先々への不要な心配という意味で、単独の名詞として使われています。
古い用例では「思ひ置き」と書かれていましたが、現在は「思い置き」と表記します。江戸時代に、先のことを思い煩わず、その時々を生きようとする言葉として用いられ、将来を心配しすぎれば心にも体にもよくないと戒めることわざとして受け継がれています。
「思い置きは腹の病」の使い方




「思い置きは腹の病」の例文
- 旅行の準備は済んだのに、起こるかどうかも分からない事故まで心配する母に、思い置きは腹の病だと声をかけた。
- 思い置きは腹の病というから、試験の結果を何度も予想するより、今できる復習に集中しよう。
- 祖父は、将来の暮らしを案じて眠れない父を、思い置きは腹の病だとなだめた。
- 新しい店が失敗するのではないかと悩み続ける社長に、友人は思い置きは腹の病と忠告した。
- 思い置きは腹の病を胸に、彼女はまだ決まっていない人事を心配するのをやめた。
- 地域行事の天候を毎日気に病む委員長へ、仲間たちは思い置きは腹の病だから備えを済ませたら休もうと勧めた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000~2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・谷脇理史・岡雅彦・井上和人校注・訳『新編日本古典文学全集64 仮名草子集』小学館、1999年。
・『後撰和歌集』951~953年ごろ成立。
・藤原道綱母『蜻蛉日記』10世紀後半成立。
・江島其磧『傾城色三味線』1701年。























