【ことわざ】
親の背でもただは掻かぬ
【読み方】
おやのせでもただはかかぬ
【意味】
非常に欲が深く、親のためのささやかな手助けでさえ、報酬や見返りなしにはしないことのたとえ。


【英語】
・He never does anything for nothing(何の見返りもなければ決して何もしない)
【類義語】
・転んでもただは起きぬ(ころんでもただはおきぬ)
【対義語】
・陰徳を積む(いんとくをつむ)
「親の背でもただは掻かぬ」の語源・由来
「親の背でもただは掻かぬ」は、親の背中を掻くという、ごく小さな手助けを材料に、欲の深さを大げさに表したことわざです。中国の古い故事や特定の人物の逸話を語るのではなく、身近な生活の一場面を通して、損得ばかりを考える態度を皮肉っています。
ここでいう「背」は、背中のことです。背中には自分の手が届きにくい部分があるため、かゆいところを家族に掻いてもらうことは、日常の中で行われるささやかな助け合いでした。「掻く」は、爪や指先などを物の表面に当てて動かすことを表します。
その小さな親切の相手として「親」が選ばれている点に、このことわざの厳しい皮肉があります。親は、自分を生み育てた、きわめて近い間柄の人です。その親から頼まれた簡単な手助けにさえ見返りを求めるなら、ほかの人には、なおさら無償で力を貸さないだろう、という考え方です。
「でも」には、「ほかの人はもちろん、親であっても」という強調が込められています。相手が誰であろうと、自分に利益がなければ動かないという徹底した態度を、「親」という最も身近な存在を挙げることで際立たせています。
また、「ただ」は、代金や報酬を必要としないことを表す言葉です。したがって、このことわざの「ただは掻かぬ」は、「何の報酬も受け取らずには掻かない」「何かをもらわなければ手を貸さない」という意味になります。親の背を無料で手に入れるという意味ではなく、背中を掻く行為を無償では行わないということです。
言い回しの形は、「転んでもただは起きぬ」とよく似ています。「転んでもただは起きぬ」は、失敗や不利な状況に陥っても、何らかの利益を得ずには終わらないことを表し、もとは、欲の深さを非難する意味で使われました。どちらも「ただは……ぬ」という形によって、利益なしでは済ませない態度を強く表しています。
ただし、「転んでもただは起きぬ」は、後に、失敗から何かを学び取るたくましさを褒める意味でも使われるようになりました。一方、「親の背でもただは掻かぬ」は、親への小さな手助けにまで報酬を求める姿を表すため、基本的には、欲深さや打算を非難する言葉です。
このように、「親の背でもただは掻かぬ」は、親子の情愛を説くことわざではありません。親しい相手への簡単な親切さえ利益に換えようとする人物を、日常的で分かりやすい場面に置き換え、その強欲さを鋭くからかった表現です。
「親の背でもただは掻かぬ」の使い方




「親の背でもただは掻かぬ」の例文
- 祖母の買い物に付き添うだけで小遣いを求める兄は、親の背でもただは掻かぬというほど欲深い。
- 父の店を少し片づけただけで高い報酬を請求するとは、親の背でもただは掻かぬものだ。
- 家族の頼みでも必ず見返りを要求する彼を、皆は親の背でもただは掻かぬ人だと評した。
- 親戚の引っ越しを手伝いながら謝礼の額ばかり気にするとは、親の背でもただは掻かぬというほかない。
- 共同作業でも自分の利益ばかり増やそうとする社長は、親の背でもただは掻かぬような人物だった。
- 子どものころの私は家の手伝いのたびに褒美を求め、母から親の背でもただは掻かぬとたしなめられた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。























