【故事成語】
上に居て驕らざれば高くして危うからず
【読み方】
かみにいておごらざればたかくしてあやうからず
【意味】
人の上に立つ者が驕り高ぶらなければ、どれほど高い地位にいても身を危うくすることはないということ。


【類義語】
・実るほど頭を垂れる稲穂かな(みのるほどこうべをたれるいなほかな)
「上に居て驕らざれば高くして危うからず」の故事
「上に居て驕らざれば高くして危うからず」は、中国の経書『孝経(こうきょう)』の「諸侯章第三」に出てくる一節にもとづきます。原文には、「在上不驕、高而不危」とあります。
『孝経』は、孔子が弟子の曾子に孝の道を説き聞かせる、問答の形を取った一巻の書物です。戦国時代末期に成立したとみられ、孝を徳の根本として、天子・諸侯・大夫・士・庶人それぞれの立場に応じた実践を説いています。
この一節が置かれている「諸侯章」は、古代中国で天子から領地を与えられ、その土地と人民を治めた諸侯の心得を述べた章です。諸侯は多くの人の上に立つ、きわめて高い地位にある者でした。
「在上不驕」の「上」は、人より高い地位を指します。「驕らず」とは、その地位や権力を頼みにして尊大に振る舞わず、慎みを保つことです。
続く「高而不危」は、地位が高くても身を危うくしないという意味です。高い地位にいること自体には危険が伴いますが、驕りを抑えれば、人々の反感を招き、地位や国を失う危険を避けられると説いています。
このあとには、「制節謹度、滿而不溢」と続きます。費用を節度ある範囲に抑え、決まりを慎んで守れば、富が満ちても、あふれ出すようなぜいたくには陥らないという教えです。
さらに『孝経』は、驕らないからこそ高い身分を長く守れ、浪費しないからこそ富を長く保てると述べます。富と地位を失わなければ、国を守り、人民を和らげることができるという筋道です。
ここでいう孝は、家庭の中で父母を大切にすることだけではありません。諸侯が自らを慎み、受け継いだ国と祭りを守り、人々を安らかに治めることも、祖先や父母に対する孝の実践に含めています。
諸侯章の末尾には、『詩経(しきょう)』の「戦戦兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し」という一節が引かれています。深い淵のふちに立ち、薄い氷の上を歩くように、常に用心深く振る舞う姿を表します。
この引用は、高い地位にいる者ほど、わずかな油断や慢心が大きな危険につながることを示しています。権力を得たからといって安心するのではなく、むしろ以前にも増して、自分の言動を慎まなければならないという教えです。
『孝経』には、「今文孝経」と「古文孝経」という二つの系統があります。今文では「在上不驕」、古文では「居上不驕」と記されるため、日本語でも「上に在りて」と「上に居て」という二つの訓読の形が伝わっています。
また、「高而不危」は、「高くして危うからず」のほか、「高けれども危うからず」「高くとも危うからず」とも読み下されます。いずれも、高い地位にいても驕らなければ、その地位を危うくしないという意味に変わりはありません。
日本では、1593年に後陽成天皇の命によって『古文孝経』が活字で印刷されたと伝わります。『孝経』が長く学ばれる中で、この一節も訓読され、現在では君主に限らず、組織や集団の上に立つすべての人への戒めとして用いられています。
「上に居て驕らざれば高くして危うからず」の使い方




「上に居て驕らざれば高くして危うからず」の例文
- 校長は、上に居て驕らざれば高くして危うからずを心に刻み、生徒一人一人の意見に耳を傾けた。
- 上に居て驕らざれば高くして危うからずという教えの通り、社長は成功した後も社員への感謝を忘れなかった。
- 部長は、上に居て驕らざれば高くして危うからずと後輩に語り、権威を振りかざすことを戒めた。
- 町長の謙虚な態度は、上に居て驕らざれば高くして危うからずをそのまま表していた。
- 優勝して主将となった彼は、上に居て驕らざれば高くして危うからずを守り、仲間への敬意を深めた。
- 指導者には、上に居て驕らざれば高くして危うからずという慎みが常に求められる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・『孝経』戦国時代末期成立。
・唐玄宗注、邢昺疏『孝経注疏』北宋。
・『詩経』。
・後陽成天皇勅版『古文孝経』1593年。























