【故事成語】
一斑を見て全豹を卜す
【読み方】
いっぱんをみてぜんぴょうをぼくす
【意味】
物事の一部を見て、その全体を推し量ること。多く、わずかな情報だけで判断する危うさを戒めていう。


【英語】
・from a part we may reckon the whole(一部から全体を推し量る)
【類義語】
・一事が万事(いちじがばんじ)
・一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)
「一斑を見て全豹を卜す」の故事
この故事成語は、中国の古い逸話に出てくる「管中窺豹、時見一斑」という言い方にもとづいています。「管中窺豹」は、管の中から豹(ひょう)をのぞくという意味で、全体ではなく、豹の模様の一部分だけが目に入る様子を表します。
もとの話は、『世説新語(せせつしんご)』(南朝宋、劉義慶著)「方正」に出てきます。『世説新語』は、後漢末から東晋(とうしん)までの人物の言行や逸話を集め、徳行・言語など三十六の部門に分けた書物です。
話の主人公は、東晋の書家、王献之(おうけんし)です。王献之は字(あざな)を子敬といい、王羲之の第七子で、父とともに二王と称された人物です。
王子敬がまだ数歳のころ、門生たちが樗蒲(ちょぼ:さいころを使う遊び)をしているのを見ました。勝負の様子を見て、王子敬は「南風競わず」と言い、一方の形勢がよくないことを言い当てるような発言をしました。
ところが、門生たちは王子敬を幼い子どもとして軽く見ました。そして、「此郎亦管中窺豹、時見一斑」、つまり「この坊やも、管の中から豹をのぞいて、たまたま一つのまだらを見ただけだ」と言いました。全体の形勢を見通したのではなく、ほんの一部を見ただけだと、からかったのです。
王子敬は、その言葉に怒って目をいからせ、「遠慚荀奉倩、近愧劉眞長」と言い、衣を払って立ち去りました。才気ある子どもを軽んじた大人たちの言葉として、「管の中から豹を見る」「一斑を見る」という比喩が強く印象づけられています。
この逸話は、唐の太宗の命により房玄齢らが撰し、646年に成立した『晋書(しんじょ)』王献之伝にも記されています。そこでも、幼い王献之が「南風不競」と言い、門生が「此郎亦管中窺豹、時見一斑」と応じ、王献之が怒って去る流れが記されています。
「一斑を見て全豹を卜す」という形では、もとの「一斑を見る」という部分が、「一つのまだらから豹全体を推し量る」という表現へ広がっています。「卜す」は、ここでは占うというより、物事の全体を推し量るという意味で使われます。
また、「一斑を見て全豹を知る」「一斑を見て全豹を評す」という形もあります。いずれも、豹の毛皮の一部から豹全体を思い描くことをもとに、物事の一部から全体を判断するたとえとして用いられます。
日本語の中では、「全豹」という言葉自体も、豹そのものではなく「全体のありさま」「全貌」を表す言葉として使われるようになりました。江村北海『日本詩史』(1771年・江戸時代中期)にも、「全豹」を物事の全体という意味で用いた例があり、比喩としての働きが広がっていたことが分かります。
近代には、徳富蘆花『黒潮』(1902〜1905年)で、「一斑をもって全豹を推す」という形が、物事を大きく見なければならない文脈で用いられています。このように、古い中国の逸話から出た比喩が、日本語では「一部だけを見て全体を判断する」という意味をもつ故事成語として定着しました。
現在の「一斑を見て全豹を卜す」は、単に一部から全体を推し量るという意味でも使えますが、十分に見ないまま決めつける危うさを戒める場面で特に生きる表現です。小さな手がかりを大切にしながらも、それだけで全体を決めつけない慎重さを教える故事成語といえます。
「一斑を見て全豹を卜す」の使い方




「一斑を見て全豹を卜す」の例文
- 新しい店の一皿だけを食べて評判を決めるのは、一斑を見て全豹を卜す判断だ。
- 面接で一つの答えだけを取り上げて人柄を決めるのは、一斑を見て全豹を卜すことになりかねない。
- 作品の冒頭だけで作者の力を決めつければ、一斑を見て全豹を卜す誤りに陥る。
- 授業で一度失敗しただけで友人を不器用だと決めるのは、一斑を見て全豹を卜す見方だ。
- 会社の一つの部署だけを見て組織全体を語るのは、一斑を見て全豹を卜すものだ。
- 町の駅前だけを歩いて暮らしやすさを判断するのは、一斑を見て全豹を卜すことに近い。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster。
・劉義慶『世説新語』南朝宋。
・房玄齢ほか撰『晋書』646年。
・江村北海『日本詩史』1771年。
・徳富蘆花『黒潮』1902〜1905年。























