【ことわざ】
茸採った山は忘れられない
【読み方】
きのことったやまはわすれられない
【意味】
一度うまい味をしめると、その場所や経験をいつまでも忘れられないことのたとえ。特に、得をした場所やよい思いをした場所を忘れられず、また同じことを期待する気持ちを表す。


【類義語】
・味を占める(あじをしめる)
・柳の下にいつも泥鰌はいない(やなぎのしたにいつもどじょうはいない)
・二匹目の泥鰌(にひきめのどじょう)
【対義語】
・羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)
「茸採った山は忘れられない」の語源・由来
「茸採った山は忘れられない」は、山で茸を採ったときの実感から生まれたことわざです。「茸」は「きのこ」「たけ」と読む字で、椎茸・松茸などにも使われます。
茸は、山野の木陰や朽ち木などに生えるものとして親しまれてきました。よく茸が生える山は「茸山」と呼ばれ、文字どおり「きのこの生える山」「きのこのよく生える山」を指します。
このことわざのもとの形は、茸がたくさん採れた山を人がよく覚えている、という具体的な経験にあります。茸は場所によって採れ方が大きく変わるため、よい収穫があった山は、次の機会にも思い出されやすい場所になります。
「茸山」という言葉は、俳諧(はいかい)の世界にも出てきます。『新五子稿(しんごしこう)』(1793年・江戸時代後期、嘉会室亨編)は、二巻二冊の俳諧発句集として伝わり、その中の用例に「こころにくき茸山越る旅路哉〈蕪村〉」があります。
この句では、「茸山」は秋の旅路にある、茸のよく生える山として出てきます。山そのものが、ただの地形ではなく、季節の恵みや人の期待を呼び起こす場所として受け取られていたことが分かります。
ことわざの「山」は、単なる山名ではなく、「得をした場所」「よい思いをした場所」を表すように意味を広げています。実際の茸採りで得をした経験が、のちには利益を得た場所を忘れられないという意味へ転じました。
ここで大切なのは、忘れられないのが茸そのものだけではなく、「茸を採った山」である点です。よい結果を生んだ場所や方法を覚えておき、また同じ利益を得たいと思う人の心を、山と茸の関係で分かりやすく表しています。
この考え方は、「味を占める」とも近くつながります。「味を占める」は、一度うまくいったことからその妙味を知り、次にも同じことを期待する意味をもつ表現です。
ただし、「茸採った山は忘れられない」は、単に成功を喜ぶ言葉ではありません。一度よい思いをしたために、その場所や方法への期待が心に残り続けるという、人の欲や記憶の強さも含んでいます。
同じ発想を別の角度から戒める言葉に、「柳の下にいつも泥鰌はいない」があります。これは、一度うまくいったからといって、同じことを同じように狙っても、またうまくいくとは限らないという意味です。
そのため、「茸採った山は忘れられない」は、よい経験が人の行動を強く引き寄せることを表すことわざとして使われます。得をした記憶は忘れにくいが、同じ成功が必ず続くとは限らない、という含みをもって読むと、意味がいっそう分かりやすくなります。
「茸採った山は忘れられない」の使い方




「茸採った山は忘れられない」の例文
- 一度大きな利益を得た店にまた通うのは、茸採った山は忘れられないということだ。
- 去年の大会でよい成績を出した練習法にこだわる姿は、茸採った山は忘れられないそのものだった。
- 父は昔よく釣れた川へ毎年行きたがり、茸採った山は忘れられないと笑った。
- 一度当たった商売の方法を何度も試すのは、茸採った山は忘れられないからだ。
- 友人は安く買えた店を忘れず、茸採った山は忘れられないと言ってまた同じ店へ向かった。
- 茸採った山は忘れられないとはいえ、同じ場所でいつも同じ利益が得られるとは限らない。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・キッコーマン株式会社『料理のことわざ』。
・嘉会室亨編『新五子稿』1793年。























