【故事成語】
虚に拠り影を博たしむ
【読み方】
きょによりかげをうたしむ
【意味】
敵に自分の実体や本当の所在をつかませず、むなしい場所や影を攻撃させるようにして、直接の攻撃と損害を避けること。


【類義語】
・虚虚実実(きょきょじつじつ)
「虚に拠り影を博たしむ」の故事
「虚に拠り影を博たしむ」のもとになった一節は、中国古代の思想書『管子(かんし)』の「兵法」にあります。『管子』は、春秋時代の斉(せい)の宰相である管仲の著作と伝えられてきましたが、実際には、戦国時代末から漢代にかけて成立した多くの論文を集めた書物で、政治・経済・軍事・教育などについて幅広く論じています。
「兵法」には、「善者之為兵也、使敵若據虛、若搏景」とあります。やさしく言えば、兵を巧みに用いる者は、敵を、何もない所を頼りにする者のようにし、影を打つ者のようにするという意味です。
この一節で大切なのは、「使敵」、すなわち、敵にそのような行動をさせるという点です。こちらが単に攻撃を避けるのではなく、敵に誤った手掛かりを与え、実体のない目標へ自ら攻撃を向けさせる戦い方を表しています。
「據虛」の「虚」は、実体や確かな足場のないものを表します。「搏景」の「景」は、ここでは「影」の意味で、「搏景」は、つかまえることのできない影を打つことです。「搏影」と書く形もあります。
影は目に映っていても、それ自体を打ったり捕らえたりすることはできません。そのため、「影を搏つ」は、いくら力を費やしても手応えがなく、目的を果たせないことのたとえになりました。『管子』の一節では、敵をそのような状態へ追い込み、攻撃を空振りさせるという意味で用いています。
この言葉のあとには、自軍には決まった配置も形もなく、どのような事にも対応できるという内容が続きます。さらに、いないようでいて実際には存在し、遅れているようでいて先回りするとも述べています。自分たちの位置や動きを敵に読ませず、相手が狙いを定められないうちに主導権を握ることが、優れた戦い方として示されているのです。
なお、表題では「博」の字を用いていますが、『管子』の原文では「搏景」と書きます。「搏」は「うつ」という意味であり、「景」は影を指します。したがって、この言葉のもとにある具体的な姿は、影に向かって力いっぱい打ちかかりながら、何の手応えも得られない敵の姿です。
『管子』は平安時代初期に日本へ伝わり、政治や国の治め方を学ぶ書物として重んじられ、江戸時代にも多くの注釈が作られました。「虚に拠り影を博たしむ」という日本語の形は、原文の「據虛」と「搏景」に、敵にそうさせるという「使敵」の意味を組み合わせ、一続きの表現にしたものとみることができます。
このように、「虚に拠り影を博たしむ」は、ただ逃げて攻撃を避けることではありません。自分の本当の姿や目的を隠し、敵を実体のないものへ巧みに誘い、相手の力をむだに使わせながら、自分たちの損害を防ぐという積極的な計略を表しています。
「虚に拠り影を博たしむ」の使い方




「虚に拠り影を博たしむ」の例文
- 相手に本当の攻撃位置を悟らせず、空いた場所へ守備を集めさせる作戦は、虚に拠り影を博たしむものだった。
- 将棋で本命の攻め筋を隠し、別の側へ相手の駒を誘う指し方は、虚に拠り影を博たしむに通じる。
- おとり役が反対方向へ走って鬼の注意をそらす方法は、虚に拠り影を博たしむ工夫に近い。
- 競争相手に新製品の核心を悟らせない戦略には、虚に拠り影を博たしむ発想が用いられた。
- 交渉団は相手の注意を副次的な問題へ向け、虚に拠り影を博たしむ策によって重要な条件を守った。
- 将軍は偽の陣地へ敵を引きつけ、虚に拠り影を博たしむ計略で主力部隊への攻撃を避けた。
主な参考文献
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・遠藤哲夫著『新釈漢文大系42 管子 上』明治書院、1989年。
・高田哲太郎「『管子』の「道」について」『中国研究集刊』第53号、2011年。
・『管子』「兵法」。























