【故事成語】
金湯の固きも粟に非ざれば守らず
【読み方】
きんとうのかたきもぞくにあらざればまもらず
【意味】
どれほど守りの堅い城でも、食料がなければ守り通せないこと。堅固な設備や十分な兵力があっても、それを支える必需品が欠ければ力を発揮できないというたとえ。


【英語】
・An army marches on its stomach.(軍隊は食料があってこそ行動できる)
【類義語】
・腹が減っては戦ができぬ(はらがへってはいくさができぬ)
「金湯の固きも粟に非ざれば守らず」の故事
「金湯」は、「金城湯池(きんじょうとうち)」を短くした言葉です。「金城」は金属で築いたように堅い城壁を、「湯池」は熱湯をたたえたように近づきにくい堀を表します。二つを合わせた「金城湯池」は、攻め落とすことが難しい城や、外から侵されにくい場所を意味します。
「金城湯池」という表現は、『漢書(かんじょ)』(82年ごろ成立・後漢、班固ら撰)の、蒯通を扱う列伝に由来します。堅い城壁と危険な堀を備えた城の姿から、すきのない強固な守りを表す言葉となりました。
一方、『漢書』「食貨志(しょっかし)」には、前漢の政治家である晁錯が、穀物を重んじるよう皇帝に説いた上書が収められています。その中には、高い石の城、広い湯池、百万人の武装兵がそろっていても、「亡粟、弗能守也」、つまり穀物がなければ守ることはできないとあります。
晁錯は、穀物を国の政治と守りを支える根本として位置づけました。城壁や兵士が目に見える強さであるのに対し、食料は、その強さを実際に働かせ、長く保つために欠かせない備えだったのです。
現在の言い回しに直接つながる文は、『魏書(ぎしょ)』(554年成立・北斉、魏収撰)巻四十四に記されています。北魏の官僚である薛虎子は、「金湯之固、非粟不守;韓白之勇、非糧不戦」と上表しました。これは、金湯のように堅固な城も粟がなければ守れず、名将ほどの勇気があっても、食糧がなければ戦えないという意味です。
当時、徐州の守備兵には絹が支給されていましたが、それぞれの手元に置かれ、公の倉庫には納められなかったため、兵士たちは食料や衣服に困ることがありました。薛虎子は、支給する絹の一部で牛を買い、肥えた土地を耕して、公のための穀物を蓄えるよう提案しました。
さらに薛虎子は、兵士の半数が耕作し、残る兵士が守備に当たれば、国境を守りながら食料を確保できると説きました。一年の収穫で数年分の食料をまかない、五年後には穀物と絹が共に満ちるという見通しを示し、北魏の皇帝はこの提案を受け入れました。
日本では、「金湯」という漢語が、『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』(1060年ごろ成立・平安時代中期、藤原明衡編)にすでに用いられています。この時代には、堅固な地勢や守りを表す言葉として受け入れられていました。
「金湯の固きも粟に非ざれば守らず」は、『魏書』の「金湯之固、非粟不守」を日本語として読み下した形です。どれほど立派な設備や強い力を備えていても、それを維持する食料や補給が欠ければ役に立たないという、実際の国防と兵士の暮らしに根ざした戒めです。
「金湯の固きも粟に非ざれば守らず」の使い方




「金湯の固きも粟に非ざれば守らず」の例文
- 山城は石垣も堀も堅固だったが、兵糧が尽きれば金湯の固きも粟に非ざれば守らずで、城兵は降伏を迫られた。
- 避難所には耐震性だけでなく水と食料の備蓄も必要であり、金湯の固きも粟に非ざれば守らずを忘れてはならない。
- 最新の装備をそろえた遠征隊も、補給計画がなければ金湯の固きも粟に非ざれば守らずとなる。
- 食料を蓄える倉庫のない砦について、隊長は金湯の固きも粟に非ざれば守らずと警告した。
- 立派な校舎だけで防災対策は十分だとする意見に、先生は金湯の固きも粟に非ざれば守らずと答えた。
- 高性能な機械を導入しても原料の供給が止まれば、金湯の固きも粟に非ざれば守らずの教えどおり、生産を続けることはできない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・瀬戸賢一・投野由紀夫編『プログレッシブ英和中辞典 第5版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・班固ほか『漢書』82年ごろ成立。
・魏収『魏書』554年。
・藤原明衡編『本朝文粋』1060年ごろ成立。























