【故事成語】
秋高く馬肥ゆ
【読み方】
あきたかくうまこゆ
【意味】
秋の空が高く澄み、馬もよく肥えるような、爽やかで心地よい秋の好時節をいう。


【類義語】
・天高く馬肥ゆ(てんたかくうまこゆ)
「秋高く馬肥ゆ」の故事
「秋高く馬肥ゆ」のもとには、秋の空の美しさだけでなく、馬が十分に力を蓄える季節への警戒もあります。古代中国の北方では、秋になると馬が肥え、騎馬による動きが活発になるため、国境を守る側にとっても油断のできない時期でした。
その背景を示す古い記述は、『漢書(かんじょ)』(80年ごろ成立、後漢の班固撰、班昭ら補)「趙充国伝」にあります。前漢の将軍・趙充国(ちょうじゅうこく)は、辺境の諸部族が結びつき、漢を脅かすおそれを述べる中で、「到秋馬肥、變必起矣。」と語っています。これは、秋になって馬が肥えれば、必ず変事が起こるであろう、という意味です。
この場面で趙充国が警戒していたのは、単に季節が移ることではありません。西方の諸部族が結びつき、さらに匈奴(きょうど)とも連絡して、漢の辺境を攻める事態でした。馬が肥える秋は、戦いの力が整う季節として受け取られていたのです。
『漢書』「匈奴伝」にも、「秋、馬肥」とあり、匈奴が馬の肥える秋に大きな集まりを開き、人や家畜を調べたことが記されています。馬が肥えるという事実は、遊牧騎馬民族の生活や軍事の動きと深く結びついた、具体的な季節のしるしでした。
やがて唐の時代になると、この背景をもつ情景が詩に詠まれます。初唐の詩人・杜審言が蘇味道に贈った『贈蘇味道』は、北方の寒さや、兵がなお帰らずに守りを続ける様子を詠んだ詩であり、その中に、辺境の馬が秋に肥える句が置かれています。
この詩には、「雲淨妖星落、秋深塞馬肥」とする本文が伝わっており、「秋深」を「秋高」とする形もあります。「塞馬(さいば)」は北方の要塞に関わる馬を指し、空の澄む秋にその馬が肥える情景は、爽やかな眺めであると同時に、辺境の緊張を思わせるものでした。
このように、古い中国では、「馬が肥える秋」は、外からの侵入や変事に備えるべき季節を表す言い方でした。そこから「秋高く塞馬肥ゆ」という形が生まれ、のちに「塞馬」が省かれて「秋高く馬肥ゆ」となり、日本ではさらに、「天高く馬肥ゆ」や「天高く馬肥ゆる秋」という言い方も広く用いられるようになりました。
日本語として広まる中では、もとの警戒の意味よりも、秋晴れの空の高さや、食べ物のおいしい豊かな季節をたたえる意味が前面に出ました。中里介山の『大菩薩峠』(1913〜1941年)にも、「天高く馬肥ゆ」が、穏やかな秋晴れの景色を表す言い方として使われています。現在の「秋高く馬肥ゆ」は、遠い昔の辺境の緊張を由来にもちながら、明るく澄んだ秋の好季節を表す言葉として受け継がれています。
「秋高く馬肥ゆ」の使い方




「秋高く馬肥ゆ」の例文
- 秋高く馬肥ゆという言葉どおりの青空の下、町の運動会が開かれた。
- 高原の牧場には、秋高く馬肥ゆの好季節を思わせる穏やかな景色が広がっていた。
- 秋高く馬肥ゆといわれる頃になると、家の食卓にも栗や新米が並ぶ。
- 祖父は、秋高く馬肥ゆの晴れた一日に、畑の収穫を終えた。
- 旅先で澄み渡る空を仰ぎ、秋高く馬肥ゆという言葉を思い出した。
- 秋高く馬肥ゆを実感する休日に、家族で紅葉の道をゆっくり歩いた。
主な参考文献
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・班固撰、班昭ら補『漢書』80年ごろ成立。
・杜審言「贈蘇味道」『全唐詩』巻六十二。























