【故事成語】
危急存亡の秋
【読み方】
ききゅうそんぼうのとき
【意味】
危難が迫り、存続できるか滅びるかが決まる重大な分かれ目。生き残るか滅びるかの危ういせとぎわ。


【英語】
・a matter of life and death.(生死にかかわる重大問題)
・a life-and-death situation.(生死を分ける状況)
【類義語】
・危急存亡(ききゅうそんぼう)
・累卵の危うき(るいらんのあやうき)
・風前の灯火(ふうぜんのともしび)
【対義語】
・天下泰平(てんかたいへい)
・太平無事(たいへいぶじ)
「危急存亡の秋」の故事
「危急存亡の秋」は、中国三国時代の蜀(しょく)の丞相であった諸葛亮(しょかつりょう)の文章『出師表(すいしのひょう)』にもとづく故事成語です。諸葛亮は181年から234年に生きた政治家・戦略家で、字(あざな)を孔明といい、劉備(りゅうび)に仕え、劉備の死後はその子の劉禅(りゅうぜん)を補佐しました。
『出師表』は、227年、諸葛亮が魏(ぎ)を討つために出陣するにあたり、主君である劉禅に奉った上奏文です。蜀の危機を述べ、劉禅が賢者を重んじ、諫言を聞き入れ、先主劉備の遺徳を高めるよう願う内容をもっています。
この文章は、後に『文選(もんぜん)』にも収められました。『文選』は、中国六朝の梁代に、昭明太子蕭統が編んだ詞華集で、周から梁までの代表的な詩文を集めた書物です。
『出師表』の冒頭では、先帝劉備が国づくりを半ばにして亡くなり、天下は三つに分かれ、益州は疲れ弱っている、と述べられます。その直後に「此誠危急存亡之秋也」と出てきます。
この一節は、書き下しでは「此れ誠に危急存亡の秋なり」と読まれます。分かりやすく言えば、「これはまさに、国が残るか滅びるかを分ける重大な時である」という意味です。
ここでの「秋」は、季節の秋そのものではありません。秋は収穫によって豊かになるか苦しくなるかが決まる重要な時期であるため、「危急存亡の秋」のように、物事の行方を決める大事な時を表す字として使われています。
諸葛亮がこの表現を用いた背景には、蜀が魏・呉と並び立つ三国の一つでありながら、国力の面で苦しい立場にあったことがあります。劉備の死後、諸葛亮は内政を整え、呉との同盟を回復し、後方の不安を除いたうえで北伐に向かいました。
『出師表』の「危急存亡之秋」は、単に「危ない」というだけの言葉ではありません。国の疲弊を見すえながら、それでも臣下たちが先帝の恩に報いようとして内外で力を尽くしている、という切迫した忠誠の文脈の中に置かれています。
この表現は、日本でも古くから漢文訓読の形で受け入れられました。室町時代中期の『文明本節用集』には「危急存亡之秋 キキフゾンバウノトキ」という形があり、「秋」を「とき」と読む言い方が早くから伝わっていたことが分かります。
近代以後には、「危急存亡の際」「危急存亡の時」のような形も使われました。内田魯庵の『社会百面相』(1902年)には「危急存亡の際」という用例があり、存続か滅亡かを分ける場面を表す言葉として用いられています。
また、「存亡の淵」「存亡の分かれ目」「存亡の危機」など、近い意味の言い方もあります。これらは、どれも「残るか滅びるか」という重い局面を表しますが、「危急存亡の秋」は、諸葛亮の『出師表』に由来するため、とくに厳粛で改まった響きをもつ表現です。
現在では、国だけでなく、会社、学校行事、地域の活動、大切な計画などにも使われます。ただし、少し困った程度の場面では大げさになりやすく、本当に存続や成功が左右される重大な局面に用いるのがふさわしい故事成語です。
「危急存亡の秋」の使い方




「危急存亡の秋」の例文
- 老舗の店は後継者不足と売り上げの減少に直面し、危急存亡の秋を迎えた。
- 大雨で橋が流され、村の交通は危急存亡の秋に立たされた。
- 部員が急に減った野球部にとって、今年の新入部員募集は危急存亡の秋だった。
- 会社は資金繰りが悪化し、全員で再建策を考えなければならない危急存亡の秋にある。
- 文化祭の前日に舞台装置が壊れ、演劇部は危急存亡の秋を乗り越えようと力を合わせた。
- 国の将来を左右する危急存亡の秋には、冷静な判断と確かな行動が求められる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』小学館、2018年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ成立。
・諸葛亮『出師表』227年。
・蕭統編『文選』6世紀前半。























