【ことわざ】
網にかかるは雑魚ばかり
【読み方】
あみにかかるはざこばかり
【意味】
悪事をはたらいた大物はうまく逃げ、捕らえられるのは小物ばかりだということ。


【英語】
・catching the small fry and letting the big fish go free.(小物を捕まえ、大物を逃がす)
【類義語】
・網、呑舟の魚を漏らす(あみ、どんしゅうのうおをもらす)
・皿嘗めた猫が科を負う(さらなめたねこがとがをおう)
【対義語】
・天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
「網にかかるは雑魚ばかり」の語源・由来
このことわざのもとにある絵は、漁網を引き揚げたとき、大きな魚は逃げてしまい、小さな雑魚だけが網にかかっている、という場面です。そこから、悪事の張本人である大物は逃れ、捕まるのは小物ばかりだという、社会の不公平さを表す言い方になっています。
ここでいう「網」は、ただの魚網ではなく、「法の網」のたとえです。「法網」は、法律という網を意味し、不正を行えば法律で罰せられることを網にたとえた言葉です。このことわざでは、本来なら悪いことをした者を捕らえるはずの網が、肝心の大物を捕らえられないものとして描かれています。
この発想の背景には、「網」と「大魚」を用いて、法の働きをたとえる古い言い方があります。『史記』(紀元前1世紀ごろ成立、中国・前漢、司馬遷著)の「酷吏列伝」には、「網漏於吞舟之魚」という表現が出てきます。これは、網の目が粗いため、舟を呑みこむほどの大魚までも逃してしまうという意味で、法律が大まかであるために大罪人を逃してしまうことのたとえとして受け取られてきました。
「網、呑舟の魚を漏らす」は、大きな魚を逃すことに重点を置く言い方です。それに対して、「網にかかるは雑魚ばかり」は、逃げた大物よりも、網にかかってしまった小物のほうに目を向けます。つまり、同じ魚網のたとえを使いながら、取り締まりの不十分さだけでなく、弱い立場の者だけが罰を受けるような不公平さを、より強く感じさせる表現です。
また、「天網恢恢疎にして漏らさず」という表現では、天の張る網は広く粗いように見えても、悪人を逃さないという考えが示されます。こちらは、悪事はいつか必ず裁かれるという信頼を表します。一方、「網にかかるは雑魚ばかり」は、現実の人間社会では、大きな力をもつ者がうまく逃げ、小さな者だけが捕まることがある、という苦い見方を表します。
そのため、このことわざは、ただ「小さい魚が捕れる」という意味ではありません。悪事の本当の中心にいる者が逃げ、下の立場の者だけが責任を負わされるような場面を、魚網と雑魚のたとえで鋭く言い表したことわざです。
「網にかかるは雑魚ばかり」の使い方




「網にかかるは雑魚ばかり」の例文
- 大きな不正を指示した人物は逃げ、実行役だけが処分されるとは、まさに網にかかるは雑魚ばかりだ。
- 事件の中心にいた者が表に出てこないまま、下の立場の人だけが責められ、網にかかるは雑魚ばかりという結果になった。
- 会社の不正で処罰されたのは現場の社員ばかりで、網にかかるは雑魚ばかりだと批判された。
- 悪い計画を立てた人が逃げ、手伝った者だけが見つかるようでは、網にかかるは雑魚ばかりで納得できない。
- 本当の黒幕が捕まらず、使い走りだけが罰を受けたため、世間は網にかかるは雑魚ばかりだと感じた。
- 網にかかるは雑魚ばかりにならないよう、責任のある立場の人まで調べる必要がある。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・現代言語研究会著『故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』紀元前1世紀ごろ。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』.























