【ことわざ】
自惚れと瘡気の無い者はない
【読み方】
うぬぼれとかさけのないものはない
【意味】
人前では隠していても、だれでも内心には多少の自惚れを持っているものだということ。


【英語】
・self-conceit(自分の能力や価値を実際以上に高く見ること)
・vanity(容姿・能力・実績などについての過度な自負)
【類義語】
・世界半分自惚れしっかり(せかいはんぶんうぬぼれしっかり)
・色気と痔の気のない者はない(いろけとじのけのないものはない)
・我が身の事は人に問え(わがみのことはひとにとえ)
【対義語】
・謙虚(けんきょ)
・謙遜(けんそん)
「自惚れと瘡気の無い者はない」の語源・由来
「自惚れと瘡気の無い者はない」は、「自惚れ」と「瘡気」という、人前に出すのをためらうものを並べて、人間にはだれにも少しは自惚れがあることを表したことわざです。自惚れは、実際以上に自分をすぐれていると思い、得意になっている状態や気持ちを指します。
「自惚れ」は、単なる自信とは違います。自信が、自分の能力や価値を信じる気持ちを表すのに対し、自惚れは実際以上に自分を高く見る点に重みがあります。
古い用例としては、洒落本『遊子方言』(1770年・江戸時代中期、田舎老人多田爺著)に「うぬぼれ」の例が出てきます。このころには、江戸の俗語的な言葉として、自分をよく思いすぎる人を評する際に使われていました。
一方の「瘡気」は、「かさけ」と読む場合は、梅毒の気味、または梅毒を指す言葉です。また、「くさけ」と読む場合には、瘡の病状や、瘡にかかりやすい体質を指す用法もあります。
「くさけ」の古い例としては、『毛吹草(けふきぐさ)』(1638年・江戸時代前期、松江重頼編)の俳諧に「草け」とあります。「かさけ」の古い例としては、仮名草子『竹斎』(1621〜1623年ごろ・江戸時代前期、富山道冶作)に「かさけを煩ひけり」という形が出ています。
このことわざで「瘡気」が添えられているのは、昔は人前で言いにくい病の気味として受け取られていたためです。外には出さなくても、内側には隠れた弱みがあるという発想が、「自惚れ」と結び付けられています。
「瘡気」は、今日の日常語としてはあまり用いられません。しかし、このことわざでは、病そのものを話題の中心にしているのではなく、人が人前に見せたがらない弱さや欠点のたとえとして働いています。
そのため、「自惚れと瘡気の無い者はない」は、他人の自慢げな態度をからかうだけの言葉ではありません。むしろ、自分にも人に見せない自惚れや弱さがあると受け止めて、他人を責める前にわが身を省みる言葉として読むことができます。
近い言い方に「世界半分自惚れしっかり」があります。世の中のことは半分ほどしか分かっていないのに、自惚れだけはしっかりあるという意味で、人間の自己評価のあやうさを皮肉っています。
また、「色気と痔の気のない者はない」も、だれにでも似たような欲や弱みがあるという発想のことわざです。「自惚れと瘡気の無い者はない」は、その中でも特に、自分をよく見ようとする心のくせを取り上げた言い方です。
現在使う場合は、「瘡気」という語を不用意に人へ向けるのではなく、ことわざ全体の意味を生かして用いるのが穏当です。人間にはだれにも少しの自惚れがあるという教訓として読むと、他人にも自分にも向けられる、落ち着いた戒めの言葉になります。
「自惚れと瘡気の無い者はない」の使い方




「自惚れと瘡気の無い者はない」の例文
- 友人の自慢話を聞いて笑ったが、自惚れと瘡気の無い者はないと思い直した。
- 賞をもらって少し得意になった自分に、自惚れと瘡気の無い者はないという言葉が浮かんだ。
- 人の思い上がりを責める前に、自惚れと瘡気の無い者はないと考えるべきだ。
- 会議で自分の案ばかり通そうとした同僚を見て、自惚れと瘡気の無い者はないと感じた。
- 子どもに謙虚さを教えるとき、祖父は自惚れと瘡気の無い者はないということわざを引いた。
- 自惚れと瘡気の無い者はないのだから、ほめられたときほど落ち着いて自分を見つめたい。
主な参考文献
・現代言語研究会著『故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster.com Dictionary, “self-conceit,” Merriam-Webster.























