【故事成語】
一丁字を識らず
【読み方】
いっていじをしらず
【意味】
一つの文字も読めないこと。学問がないこと。


【英語】
・be illiterate(読み書きができない)
【類義語】
・一文不知(いちもんふち)
・一文不通(いちもんふつう)
・目に一丁字なし(めにいっていじなし)
【対義語】
・博学多才(はくがくたさい)
「一丁字を識らず」の故事
「一丁字を識らず」は、中国の史書に伝わる張弘靖の言葉を背景にもつ故事成語です。張弘靖は唐の時代の高官で、幽州・盧龍の地を治める節度使として赴任しました。この地域は武人の気風が強く、朝廷に従うかどうかが、政治上の大きな問題になっていました。
『旧唐書』張弘靖伝では、張弘靖が幽州に入ったあと、土地の習慣を十分に考えず、高い身分の人らしい態度でふるまったことが記されています。軍人たちは、寒暑をともにしながら働くことを重んじていましたが、張弘靖は肩輿(けんよ:人に担がせる乗り物)に乗って軍中を進み、さらに安禄山・史思明の乱の記憶に関わる墓を暴いたため、人々の不満を深めました。
やがて、張弘靖の部下たちは、兵士たちを「反虜」と呼んでののしり、軍への支給も削りました。そのような中で、張弘靖の側の者は、軍士に向かって「今天下無事,汝輩挽得兩石力弓,不如識一丁字」と言います。これは、いま天下は平和なのだから、強い弓を引くことより、一つの文字を知ることのほうがよい、という意味です。
この言葉には、学問を重んじる考えが含まれていますが、この場面では、相手を見下す響きをもっていました。武勇を誇る兵士たちは深く恨み、反乱を起こして張弘靖を幽閉します。『資治通鑑』にも、張弘靖が土地の人々の習慣になじまず、部下たちが兵士を法で厳しく責めたあと、「不若識一丁字」と言ったため、軍中の人々が怨み怒ったと記されています。
もとの言い方は、「一丁字を知るほうがよい」という形でした。そこから、のちに、「一丁字を識らず」、つまり一つの文字も知らない、文字が読めない、という否定形の表現がまとまって使われるようになりました。現在の意味は、張弘靖の言葉そのものをそのまま訳したものではなく、その中の「一丁字を識る」という言い方から生まれたものです。
「一丁字」の「丁」は、もともと「个」と関わる字とされます。「个」は、「箇」「個」と同じく、一つを数える働きをもつ字です。そのため、「一丁字」は、一つの文字、一個の文字という意味になります。字面だけを見ると、「丁」という文字を知らないようにも思えますが、この故事成語では、「一つの字も知らない」という意味で理解します。
日本語では、「一丁字を知るず」「一丁字もない」などの形でも伝わりました。室町時代の漢詩文集『空華集』(1359〜1368年ごろ)には、「老盧不識一丁字」という用例が出てきます。これは、一つの文字も知らないという意味で、すでに日本の漢文世界でも用いられていたことを示します。
近代には、夏目漱石の『門』(明治43年、夏目漱石著)にも、「一丁字もない」という形が出てきます。ここでは、文字や学問に通じていない人をいう表現として使われています。古い漢籍の言い方が、時代を経て、日本語の文章の中にも定着していった例といえます。
現在の「一丁字を識らず」は、単に「知らないことがある」という軽い意味ではありません。文字を読む力や学問がまったくないことを強くいう表現です。そのため、日常会話で人に向かって使うと失礼に響きやすく、古典的な文章表現や、昔の人物評を述べる場面で用いられることが多い故事成語です。
「一丁字を識らず」の使い方




「一丁字を識らず」の例文
- 村の古い記録には、一丁字を識らず、契約の内容を人に読んでもらった者の話が残っている。
- 一丁字を識らずと評された人物でも、生活の知恵においては人々から深く信頼されていた。
- 昔は学ぶ機会が限られ、一丁字を識らずに成人する者も少なくなかった。
- 一丁字を識らずという状態をなくすため、地域の寺子屋は読み書きを教えた。
- その武将は勇気には優れていたが、一丁字を識らず、書状の扱いでは家臣を頼った。
- 一丁字を識らずと人をあざけるより、誰もが学べる場を整えることが大切だ。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・劉昫ほか『旧唐書』。
・欧陽脩・宋祁ほか『新唐書』1060年。
・司馬光『資治通鑑』1084年。
・義堂周信『空華集』1359〜1368年ごろ。
・夏目漱石『門』1910年。























