【ことわざ】
鬼の居ぬ間に洗濯
【読み方】
おにのいぬまにせんたく
【意味】
怖い人や気兼ねする人がいない間に、思う存分くつろいだり、自由に振る舞ったりすること。


【英語】
・When the cat’s away, the mice will play(猫が留守の間は、ねずみが自由に遊ぶ)
【類義語】
・鬼の留守に洗濯(おにのるすにせんたく)
・鬼の来ぬ間に洗濯(おにのこぬまにせんたく)
・鬼の留守に豆を炒る(おにのるすにまめをいる)
「鬼の居ぬ間に洗濯」の語源・由来
「鬼の居ぬ間に洗濯」の「鬼」は、昔話に登場する鬼そのものではありません。主人や監督者など、普段から恐れられ、周囲の者に気兼ねさせる人物を、怖い鬼にたとえています。「居ぬ間」は「いない間」という意味で、その人物の目が届かない間に緊張を解き、自由に振る舞う様子を表します。
ここでいう「洗濯」は、衣類を洗う家事だけを指すものではなく、日頃の苦労や束縛から離れ、心身の疲れを洗い落とすように楽しむ「命の洗濯」に通じる言い方です。「命の洗濯」には、命が延びるほど思う存分に楽しみ、ゆっくり保養するという意味があります。
「命の洗濯」という比喩は、「鬼の居ぬ間に洗濯」の古い用例よりも前から使われていました。『たきつけ草』(1677年・江戸時代前期)には、「なにがいのちのせんだくなれば、ゆくまじきところにはあらず」とあります。この段階ですでに、「洗濯」は、普段の苦労を離れて気晴らしをすることにたとえられていました。
当時の和服の洗濯は、縫い合わせた糸をほどき、布を洗い張りしてから、もう一度仕立て直すという、手間のかかる作業でした。衣服をさっぱりとよみがえらせる洗濯の働きが、疲れた心や体を休ませ、元気を取り戻すことにも重ねられたのです。近代になっても、地方によっては、「せんたく」が数日間にわたる里帰りを意味することもありました。
ことわざの古い形は、「鬼の留守に洗濯」です。雑俳(ざっぱい)の『倭万歳』(1758年・江戸時代中期)には、「鬼の留主に洗濯よりは火燵哉」とあります。鬼にたとえられる人物の留守には、洗濯よりも炬燵(こたつ)で休むほうがよいとひねった句で、当時すでに、この言い回しが知られていたことをうかがわせます。
この古例では、「居ぬ間」ではなく「留守」が使われていますが、意味は現在と同じです。「鬼の留守に洗濯」のほか、「鬼の来ぬ間に洗濯」「鬼の居ない間に洗濯」など、鬼にたとえられる人物が不在であることを表す部分には、いくつかの形が生まれました。
現在の形に近い用例は、河竹黙阿弥の歌舞伎『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』(1862年・江戸時代末期)に出てきます。この作品は、「白浪五人男(しらなみごにんおとこ)」の通称でも知られ、同年に江戸の市村座で初演されました。
その序幕には、「鬼のゐぬ中洗濯で、此の間にちょっと奥山で、羽を延して来ようかいな」とあります。恐れたり遠慮したりする相手がいない間に奥山へ行き、羽を伸ばそうという場面です。「洗濯」が実際の洗濯仕事ではなく、窮屈さから解放され、のびのびと過ごすことを表している点が、はっきりと分かります。
こうして、「鬼の留守に洗濯」「鬼のゐぬ中洗濯」などの形を経ながら、「鬼の居ぬ間に洗濯」という言い方が広く用いられるようになりました。現在では、主人と使用人のような関係に限らず、親、先生、上司など、普段は気を遣う相手が留守の間にくつろぐ場面を広く表します。相手を本当に鬼だと非難するのではなく、多くは、親しみやユーモアを込めて使うことわざです。
「鬼の居ぬ間に洗濯」の使い方




「鬼の居ぬ間に洗濯」の例文
- 厳しい監督が会議に出かけると、選手たちは鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに肩の力を抜いた。
- 母が旅行に出た週末、父と子どもたちは鬼の居ぬ間に洗濯で、好きな料理を作って楽しんだ。
- 担任の先生が職員室へ行くと、教室は鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに急ににぎやかになった。
- 部長の出張中、部員たちは鬼の居ぬ間に洗濯で、休憩時間をいつもよりのんびり過ごした。
- 口うるさい兄が合宿へ出かけたので、弟は鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに自分の部屋で音楽を楽しんだ。
- 店主が仕入れに出たあと、従業員たちは鬼の居ぬ間に洗濯と、久しぶりに気兼ねなく昼食を取った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『たきつけ草』1677年。
・『倭万歳』1758年。
・河竹黙阿弥『青砥稿花紅彩画』1862年。























