【慣用句】
雲を霞と
【読み方】
くもをかすみと
【意味】
一目散に走って逃げ、行方をくらますさま。


【英語】
・take to one’s heels.(急いで逃げ出す)
【類義語】
・一目散(いちもくさん)
・脱兎の如し(だっとのごとし)
「雲を霞と」の語源・由来
「雲を霞と」は、雲や霞の向こうへ逃げ込み、急速に遠ざかって、姿が分からなくなる情景を表した言い方です。霞は、霧やもやなどによって遠くの景色がぼんやりと見える状態を指すため、雲と霞は、ともに人の姿を隠すものとして結びつきました。
この表現は、多くの場合、「逃げる」「逃げ去る」「姿をくらます」などの言葉に添えて用います。「雲を霞と逃げ去る」といえば、ただ走ってその場を離れるのではなく、追いかける間もないほど素早く逃げ、どこへ行ったか分からなくなることを表します。
古い時代には、現在の「雲を霞と」だけでなく、「雲を霞に」という形も用いられました。また、「雲を霞」と止める形や、「くもかすみ」という短い言い方もあります。助詞の形には違いがありますが、いずれも、勢いよく走って姿を隠す意味につながっています。
古い用例の一つは、17世紀中ごろの説経節(せっきょうぶし)『をくり』の御物絵巻にあります。そこには、馬について「くもをかすみに、かくるこのむまが」とあり、馬が雲や霞を分けるような勢いで駆け去る姿を表しています。説経節は、物語を節をつけて語る芸能であり、『をくり』は、小栗判官を主人公とする物語として伝わりました。
近松門左衛門の浄瑠璃『百日曾我(ひゃくにちそが)』(1700年ごろ・江戸時代前期)にも、「雲を霞にとばせける」という言い方が出てきます。馬を引き返し、辺りを蹴散らしながら激しく走らせる場面で用いられており、この段階では、雲や霞の中へ飛び込むほどの速さを表す言葉でした。
こうした古い例では、人が徒歩で逃げる場合だけでなく、馬がものすごい勢いで走り去る場合にも使われています。もともとは、雲や霞を押し分けて遠方へ駆けるような動きを表し、そこから、逃げたものが見る間に小さくなり、ついには姿を隠すという意味が強まっていったと考えられます。
明治時代には、坪内逍遥の『当世書生気質(とうせいしょせいかたぎ)』(1885〜1886年)に、「雲を霞と迯のびつつ」とあります。ここでは、人物が人を抱えて逃げ延びる場面で、現在と同じ「雲を霞と」の形が使われており、速く遠くへ逃げて行方をくらます意味が、はっきりと表れています。
このように、「雲を霞と」は、古くは馬などが雲や霞を分けるほど激しく駆ける姿を表し、後には、人や動物が一目散に逃げて姿を消す意味へと定着しました。現在も、逃げる速さと行方をくらます様子との両方を、生き生きと伝える慣用句として用いられています。
「雲を霞と」の使い方




「雲を霞と」の例文
- 怪しい男は警察官の姿に気づくと、雲を霞と逃げ去った。
- 鹿の群れは人の気配を察し、雲を霞と森の奥へ走り込んだ。
- いたずらを見つかった少年たちは、先生の足音を聞いて雲を霞と姿を消した。
- 敗れた兵たちは追手が迫るのを見るや、雲を霞と散っていった。
- 大きな物音に驚いた猫は、雲を霞と塀の向こうへ逃げた。
- 泥棒は家の主人に見つかり、盗んだ品を残して雲を霞と逃げ延びた。
主な参考文献
・小学館大辞泉編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・『をくり(御物絵巻)』17世紀中ごろ。
・近松門左衛門『百日曾我』1700年ごろ。
・坪内逍遥『一読三嘆 当世書生気質』晩青堂、1885〜1886年。























