【ことわざ】
尾羽打ち枯らす
【読み方】
おはうちからす
【意味】
落ちぶれて、以前の勢いや面影を失い、みすぼらしい姿になること。


【英語】
・come down in the world(社会的な地位や暮らし向きが落ちる)
・be down and out(落ちぶれて、金も機会もない状態にある)
【類義語】
・見る影もない(みるかげもない)
・落ちぶれる(おちぶれる)
【対義語】
・羽振りがよい(はぶりがよい)
「尾羽打ち枯らす」の語源・由来
「尾羽打ち枯らす」は、鷹の尾や羽が傷み、整っていた羽が抜けたり乱れたりして、堂々とした姿を失った様子から生まれたことわざです。立派だった鳥がみすぼらしくなる姿を、勢力や財産を失って落ちぶれた人の様子に重ねています。
ここでいう「尾羽」は「おは」と読み、鳥の尾と羽を合わせていう古い言葉です。「尾羽」という言葉そのものは古く、『万葉集(まんようしゅう)』(8世紀後半成立、奈良時代)にも「尾羽うち触れて鶯鳴くも」とあり、鶯が尾や羽を枝に触れながら鳴く様子を表しています。この段階では、落ちぶれるという意味ではなく、鳥の尾と羽を文字どおり指しています。
現在の意味につながる古い用例は、『一休関東咄(いっきゅうかんとうばなし)』(1672年・江戸時代前期)に出てきます。笑い話を集めたこの本には、「おはを打からしぬれば」とあり、話し手が落ちぶれた自分の境遇を恥じ、人前へ出られないという趣旨で用いています。すでに、鳥の羽の状態をいうのではなく、人の暮らし向きや身なりが衰えたことを表す言い方となっています。
続いて、『鹿の巻筆(しかのまきふで)』(1686年・江戸時代前期、鹿野武左衛門作、古山師重画)にも、このことわざの用例が現れます。江戸時代の笑い話を集めた本に繰り返し使われたことから、人が以前の勢いや体面を失い、みじめな境遇に陥ることを表す言い方として、広く知られるようになったことがうかがえます。
古い用例では、「尾羽を打ち枯らす」のように「を」を入れていますが、のちには、助詞を省いた「尾羽打ち枯らす」も定着しました。「尾羽うち枯らす」と書くこともあり、表記に違いはあっても、いずれも以前の面影を失うほど落ちぶれることを表します。
近代には、夏目漱石の『野分(のわき)』(明治40年、夏目漱石著)にも使われています。作中では、ある人物が、以前は教師だった相手の落ちぶれた姿を思い描く場面で、「尾羽うち枯らした姿」と表しています。鷹の傷んだ羽という元の姿を離れ、人の境遇や外見の衰えを表すことわざとして、すでに定着していたことが分かります。
このように、「尾羽打ち枯らす」は、羽の傷んだ鷹の姿から、地位や財産、勢力などを失った人の姿へと意味を広げたことわざです。単に疲れていたり、服装が乱れていたりする場合ではなく、かつての栄えた姿との落差がはっきりしている場面で用いることが大切です。
「尾羽打ち枯らす」の使い方




「尾羽打ち枯らす」の例文
- 豪勢な暮らしを誇っていた商人が事業に失敗し、尾羽打ち枯らすことになった。
- かつての人気俳優は仕事を失い、尾羽打ち枯らす姿で町を歩いていた。
- 代々栄えてきた名家も財産を失えば、尾羽打ち枯らすことがある。
- 選挙で大敗した実力者は支援者にも去られ、尾羽打ち枯らす境遇に陥った。
- 海外進出に失敗した会社は支店を次々に閉じ、尾羽打ち枯らすありさまとなった。
- ぜいたくを重ねた若者は借金だけを残し、ついには尾羽打ち枯らす身となった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『万葉集』8世紀後半成立。
・『一休関東咄』1672年。
・鹿野武左衛門作、古山師重画『鹿の巻筆』1686年。
・夏目漱石『野分』1907年。























