【ことわざ】
彼方を立てれば此方が立たず
【読み方】
あちらをたてればこちらがたたず
【意味】
一方によいようにすると他方には不都合が生じ、両方を同時によくすることが難しいこと。


【英語】
・You can’t please everyone.(誰もを満足させることはできない)
【類義語】
・痛し痒し(いたしかゆし)
・出船によい風は入り船に悪い(でふねによいかぜはいりふねにわるい)
・両方立てれば身が立たぬ(りょうほうたてればみがたたぬ)
【対義語】
・一石二鳥(いっせきにちょう)
・一挙両全(いっきょりょうぜん)
「彼方を立てれば此方が立たず」の語源・由来
このことわざの中心にあるのは、「立てる」という言葉です。「顔を立てる」は、相手の面目や体面が傷つかないようにするという意味をもち、江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)『関取千両幟』(1767年、近松半二・三好松洛ほか合作)にも「お顔を立てまして」という用法があります。ここでの「立てる」は、物を立てるというより、人の立場や面目を保つ意味につながる表現です。
「彼方」は「あちら」と読み、相手や自分から離れた場所・方向・人を指します。「此方」は「こちら」と読み、話し手のいる側や、話し手が意識している側を指します。この二つを向かい合わせることで、遠い側と近い側、相手側とこちら側という、二つの立場の対立が分かりやすく表されます。
古い形としては、「あなた立てればこなた立たぬ」という言い方もあります。「あなた」は古くは遠い側や向こう側を指す言葉で、「こなた」はこちら側を指す言葉です。つまり、もとの発想は「あちら側をよく扱えば、こちら側がうまくおさまらない」という、二つの側の釣り合いの難しさにあります。
明治時代には、三代目春風亭柳枝の落語『白木屋』(1891年)に、このことわざの古い用例があります。また、藤井乙男『俗諺論 全』(1906年・明治時代後期、藤井乙男著)には「あちら立つれば、こちらが立たぬ」とあります。「立てれば」ではなく「立つれば」という形ながら、一方をよくすれば他方が悪くなるという、現在と同じ意味で使われています。
後には、「あちら立てればこちらが立たず、両方立てれば身が立たず」という形でも使われました。田河水泡『のらくろ自叙伝』(1976年)には、この続きのある形が用いられています。これは、どちらか一方を選んでも困り、両方に義理を尽くそうとしても自分の立場が苦しくなる、という板挟みのつらさをよく表しています。
このように、「彼方を立てれば此方が立たず」は、人の面目を保つ「立てる」という言い方と、「あちら」「こちら」という対になる言葉から生まれたことわざです。片方だけを大切にすれば、もう片方が不満をもつことがあるという、生活の中の難しい釣り合いを、短く的確に表す言葉として定着しています。
「彼方を立てれば此方が立たず」の使い方




「彼方を立てれば此方が立たず」の例文
- 文化祭の出し物を決めるとき、演劇班を優先すると合唱班の準備時間が減り、彼方を立てれば此方が立たずの状態になった。
- 兄の部活の送迎に車を使うと、妹の習い事に間に合わず、彼方を立てれば此方が立たずで家族会議になった。
- 二人の友人がけんかをしている中で片方の味方だけをすると、彼方を立てれば此方が立たずになりやすい。
- 新商品の値段を下げれば買う人は増えるが、利益は小さくなり、彼方を立てれば此方が立たずの判断を迫られた。
- 地域の祭りで音量を上げると盛り上がるが、近所への配慮が足りなくなり、彼方を立てれば此方が立たずという問題が出た。
- 会議の日程を先輩の都合に合わせると後輩が参加できず、彼方を立てれば此方が立たずで調整が難航した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・藤井乙男『俗諺論 全』冨山房、1906年。
・田河水泡『のらくろ自叙伝』光人社、1976年。
・近松半二・三好松洛・竹田文吉ほか『関取千両幟』1767年。























