【故事成語】
狂瀾を既倒に廻らす
【読み方】
きょうらんをきとうにめぐらす
【意味】
すっかり悪くなった形勢を立て直し、再びもとのよい状態へ引き戻すことのたとえ。


【英語】
・turn the tide.(不利な形勢をよい方向へ転じる)
【類義語】
・回瀾を既倒に反す(かいらんをきとうにかえす)
・起死回生(きしかいせい)
「狂瀾を既倒に廻らす」の故事
「狂瀾を既倒に廻らす」は、中国・唐の文学者であり、思想家でもあった韓愈の『進学解(しんがくかい)』に由来します。韓愈は768年に生まれ、儒学を重んじるとともに、柳宗元らと古文復興に力を注いだ人物です。
『進学解』は、韓愈が国子博士を務めていた813年ごろに書いた文章です。「進学」は学問や徳を進歩させること、「解」は道理を説き明かすことを表し、先生と学生との問答という形で、学問への努力と人材の評価をめぐる問題を描いています。
文章の初めで、国子先生は学生たちに、学業は勤勉によって優れたものとなり、遊びにふければ衰えると教えます。また、学問と行いを十分に磨けば、能力を見抜いてもらえないことを心配する必要はないと諭します。
すると、一人の学生が笑いながら反論します。先生は長年にわたって古典を読み続け、昼夜を分かたず学問に励み、儒学の伝統を守るために力を尽くしてきたのに、世間から十分に認められず、官職でも不遇なままではないかと問いかけたのです。
その学生が韓愈の働きをたたえる部分に、「障百川而東之、回狂瀾於既倒」とあります。多くの川をせき止めて正しい方向へ流し、すでに倒れかけた荒れ狂う大波を押し返した、という意味です。
ここでいう「狂瀾」は、荒れ狂う大波を指します。「既倒」は、すでに倒れた、または倒れかけた状態を表し、「廻らす」は、流れを反対の方向へ戻すことです。崩れ落ちようとする大波を、もと来た方へ押し返すという、きわめて力強い情景になっています。
この大波は、実際の水の流れだけを指したものではありません。『進学解』では、儒学の伝統が衰え、さまざまな思想へ流れていく時勢を大波にたとえ、韓愈がその流れを食い止め、学問を本来の道へ戻そうとした努力を表しています。
したがって、もとの表現は、単に負けかけた戦いを逆転するという意味ではありませんでした。崩れかけた学問の伝統を支え、正しいと信じる方向へ立て直そうとする韓愈の困難な仕事を、大波の比喩によって示したものです。
原文の文字は、伝わった本文によって「回」や「迴」とも書かれます。日本語では、「狂瀾を既倒に廻らす」という形のほか、「回瀾を既倒に反す」という言い方も定着し、どちらも衰えた勢力や悪化した形勢を挽回する意味で用いられます。
日本での古い用例には、徳川光圀の漢詩文を徳川綱条が編集した『常山文集(じょうざんぶんしゅう)』(1718年編集・江戸時代中期)にある「廻狂瀾既倒」という表現があります。この段階では、原典に近い漢文の形で、日本の漢詩文に取り入れられていました。
その後、祇園南海の漢詩論『詩学逢原(しがくほうげん)』(1763年・江戸時代中期)には、「廻瀾を既に倒たるに反す」という形が出てきます。原典の「狂瀾」を「回瀾」とし、「廻らす」を「反す」と表す形も、江戸時代には用いられていました。
近代以降には、学問や思想の立て直しに限らず、政治、事業、組織、戦いなど、すでに不利になった状況を大きく挽回する場合にも使われるようになりました。崩れかけた大波を押し返すという原典の力強い情景を保ちながら、危機を救う働き全般を表す故事成語として定着しています。
「狂瀾を既倒に廻らす」の使い方




「狂瀾を既倒に廻らす」の例文
- 連敗で沈んでいたチームを優勝争いへ導いた新監督は、狂瀾を既倒に廻らす働きを見せた。
- 倒産寸前の会社を再建した経営者の決断は、狂瀾を既倒に廻らすものだった。
- 中止が避けられないと思われた祭りを住民の協力で開催にこぎ着け、狂瀾を既倒に廻らすことに成功した。
- 荒れた学校を立て直した校長の努力は、狂瀾を既倒に廻らすに等しい。
- 和平への道が閉ざされかけたとき、一人の外交官が狂瀾を既倒に廻らす交渉を成し遂げた。
- 古い技術を生かした新製品が産業の衰退を食い止め、狂瀾を既倒に廻らすきっかけとなった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・Oxford University Press, Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 10th ed., 2020.
・韓愈『進学解』813年ごろ。
・徳川光圀『常山文集』1718年編集。
・祇園南海『詩学逢原』1763年。























