【慣用句】
顔に泥を塗る
【読み方】
かおにどろをぬる
【意味】
相手や関係者の面目を失わせ、恥をかかせること。体面や名誉を傷つけること。


【英語】
・bring disgrace on someone.(人に不名誉をもたらす)
・disgrace someone’s family name.(家族の名を汚す)
【類義語】
・顔を潰す(かおをつぶす)
・名を汚す(なをけがす)
・面汚し(つらよごし)
【対義語】
・顔を立てる(かおをたてる)
・面目を施す(めんぼくをほどこす)
「顔に泥を塗る」の語源・由来
「顔」は、もともと頭部の前面を表す言葉ですが、日常語では、世間に対する体面(たいめん)や名誉を表す意味でも使われます。「顔をつぶされる」「合わせる顔がない」のように、顔は人前に出る立場や面目(めんぼく)と結びつく言葉です。
「泥を塗る」は、目上の人に恥をかかせ、面目を失わせることを表す言い方です。「泥」という、物を汚すものを用いて、名誉や体面を汚すことをたとえた表現です。
この発想に近い古い言い方に、「顔を汚す」があります。『新色五巻書(しんしきごかんしょ)』(1698年・江戸時代前期、芦假葺与志編)には、「詮義をいたせば私の㒵(カホ)をよごし」という例があり、顔を汚すことが、相手の面目を損なう意味で使われています。
『新色五巻書』は、江戸時代の小説の一種である浮世草子(うきよぞうし)に属する作品です。ここでの「顔」は、単なる顔面ではなく、世間に対する立場や名誉を表しており、のちの「顔に泥を塗る」と同じ比喩の土台をもっています。
「泥を塗る」という形の早い用例に、近松門左衛門作の浄瑠璃(じょうるり)『百日曾我(ひゃくにちそが)』(1700年ごろ・江戸時代前期)があります。この作品は時代物の浄瑠璃で、五段から成り、曾我兄弟の討入りなどを脚色した作品です。
『百日曾我』五には、「いさぎよきしかばねにどろをぬるかすいさん者」とあります。これは、立派に死んだ者の名誉を、あとから泥で汚すように傷つけるという意味合いで、まだ「顔に」という形ではないものの、「泥を塗る」が名誉を汚す比喩として使われていることを示しています。
その後、「顔」と「泥を塗る」が結びついた形が、二葉亭四迷の小説『浮雲』(1887〜1889年・明治時代、二葉亭四迷著)に出てきます。そこには、「色狂ひして親の顔に泥を塗(ナス)っても仕様がない所を」という用例があり、親の面目を失わせるという現在の意味にかなり近い形で使われています。
この用例では、「泥を塗る」に「ナス」という読みが添えられています。「泥を塗る」には「泥をなする」という形もあり、泥を相手に押しつけるようにして汚す動作から、相手の名誉に傷をつける意味へ広がったことが分かります。
近い形として、「面に泥を塗る」も使われました。落語『お祭佐七』(1890年・明治時代、禽語楼小さん)には、「お前さんはトウドウ此清五郎の面(ツラ)へ泥を塗抹(ナスッ)たネ」という例があり、「面」もまた、相手の名誉や面目を表すものとして使われています。
現在では、「顔に泥を塗る」が標準的な形として用いられます。「顔に土を塗る」「顔に泥を付ける」ではなく、「顔に泥を塗る」という形で、相手の面目を失わせたり恥をかかせたりする意味を表します。
この慣用句は、実際に顔へ泥を塗る動作そのものを述べる言い方ではありません。人前に出る「顔」を名誉や体面の象徴とし、そこに泥を塗るほど相手の立場を汚す、という比喩から、現在の意味が成り立っています。
「顔に泥を塗る」の使い方




「顔に泥を塗る」の例文
- 代表選手が約束を破って大会を欠席し、監督の顔に泥を塗る結果となった。
- 息子の不正行為は、長年まじめに働いてきた父の顔に泥を塗るものだった。
- 社員の失礼な応対が、会社の顔に泥を塗ることになった。
- 弟子が師匠の名を使って人をだまし、師匠の顔に泥を塗る事件となった。
- 大切な式典で準備を怠れば、招いてくれた人の顔に泥を塗ることになる。
- 軽はずみな発言が、応援してくれた仲間の顔に泥を塗る結果を招いた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・芦假葺与志編『新色五巻書』1698年。
・近松門左衛門『百日曾我』1700年ごろ。
・二葉亭四迷『浮雲』1887〜1889年。
・Cambridge University Press & Assessment『Cambridge Dictionary.』
・Oxford University Press『Oxford Advanced Learner’s Dictionary.』























