【慣用句】
呆れが礼に来る
【読み方】
あきれがれいにくる
【意味】
ひどくあきれること。あまりの非常識さやあつかましさに、言葉も出ないほどあきれ果てること。


【英語】
・be utterly appalled(ひどくあきれる)
・be beyond words(あきれて言葉も出ない)
・be left speechless in disbelief(あきれてものが言えない)
【類義語】
・呆れが宙返りをする(あきれがちゅうがえりをする)
・開いた口が塞がらぬ(あいたくちがふさがらぬ)
・呆れもしない(あきれもしない)
・二の句が継げない(にのくがつげない)
・舌を吐く(したをはく)
【対義語】
・舌を巻く(したをまく)
・脱帽する(だつぼうする)
・感服する(かんぷくする)
「呆れが礼に来る」の語源・由来
この慣用句は、言葉の形だけ見ると、とてもおもしろい言い方です。ふつう「礼に来る」のは人ですが、ここでは「呆れ」という気持ちそのものが、人のように動いて礼を言いに来る形になっています。
この言い方のおかしみは、気持ちを人のように扱っているところにあります。ただあきれるだけでも十分なのに、それが向こうから押しかけてくるほどだと言うので、あきれの大きさがぐっと強く伝わります。
つまり、「呆れが礼に来る」は、本当に礼を言いに来る人がいるという話ではありません。あきれた気持ちが一段では済まず、さらに上乗せされるほど大きいことを、思い切って大げさに言った表現です。
古い例としてよく知られているのは、1736年(元文元年・江戸時代中期)の雑俳集『口よせ草(くちよせぐさ)』です。そこに、来る人は来いであきれが礼に来る、という形の句があり、この言い回しがすでに使われていたことが分かります。
この句から分かるのは、この慣用句が、重々しい文章語としてではなく、笑いや皮肉をまじえて気持ちを強く言う口語的な言い方として生きていたことです。江戸時代の町人文化には、気のきいた誇張や、少しとぼけた言い回しを楽しむところがあり、この表現もそうした空気によく合っています。
とくに大事なのは、「礼」という明るい言葉を、「呆れ」というよくない気持ちに結びつけている点です。本来なら結びつきにくい二つをわざと合わせることで、相手の非常識さや厚かましさが、かえってくっきり浮かび上がります。
この慣用句の説明には、「その上おつりがくる」という言い方が添えられることもあります。これは、あきれが一回で終わるのではなく、まだ余分がついてくるほどだという感覚を表していて、言い過ぎるほどの強調が、この表現の持ち味であることを示しています。
近い仲間の言い方に「呆れが宙返りをする」があります。こちらも、あきれという気持ちを、まるで体を持ったもののように動かして見せる表現で、心の動きをおどけて大きく見せる作りがよく似ています。
また、「呆れがお礼」という形でも言われます。こちらも意味はほぼ同じで、あきれた気持ちをそのまま礼やお礼に結びつける、皮肉まじりの誇張表現です。
ただし、この慣用句は、単にびっくりした場面や、すばらしくて感心した場面には向きません。相手の言動があまりにもひどく、まじめに言い返す気力も薄れるような場面で使ってこそ、この言い方の力が生きます。
こうして見ると、「呆れが礼に来る」は、江戸時代の遊び心ある言葉づかいの中で育った慣用句だといえます。強いあきれ、皮肉、言葉を失う感じを、短い形の中にまとめて入れた、印象の強い表現です。
「呆れが礼に来る」の使い方




「呆れが礼に来る」の例文
- 宿題を一行も書いていないのに、ノートを忘れたから見せられないだけだと言い張るとは、呆れが礼に来る。
- 冷蔵庫のプリンを食べたあとで、空き容器だけを戻しておいて知らないと言うのは、呆れが礼に来る。
- 約束の時間に一時間遅れて来たうえ、待ち合わせ場所が遠いと文句まで言うので、呆れが礼に来る思いがした。
- 町内の清掃に参加しなかった人が、終わってから配られる飲み物だけ受け取りに来たと聞き、呆れが礼に来るというほかなかった。
- 会議資料を作り忘れた本人が、配られなかったのは印刷係のせいだと説明し始め、呆れが礼に来る。
- 通学路に迷惑駐車をした人が、注意されると少しぐらいいいだろうと開き直り、呆れが礼に来る。























