【慣用句】
呆れが礼に来る
【読み方】
あきれがれいにくる
【意味】
ひどくあきれることを、誇張していう言い方。あまりの非常識さや厚かましさに、言葉が出ないほどあきれること。


【英語】
・be utterly appalled.(ひどくあきれる)
・be dumbfounded.(あきれて言葉を失う)
【類義語】
・呆れが宙返りをする(あきれがちゅうがえりをする)
・開いた口が塞がらぬ(あいたくちがふさがらぬ)
・二の句が継げない(にのくがつげない)
「呆れが礼に来る」の語源・由来
「呆れが礼に来る」は、「呆れ」という気持ちを、人のように動くものとして扱った言い方です。「呆れ」は、動詞「あきれる」の連用形が名詞になったもので、あまりのことにひどいと思うこと、あっけにとられることを表します。
この表現では、あきれた人が礼に来るのではなく、「呆れ」そのものが礼を言いに来る形になっています。あきれの方から礼に来るほど、さらにその上、おつりがくるほどひどくあきれる、というおどけた誇張です。
古い用例として、『口よせ草』(1736年・江戸時代中期)に「来る人は来いであきれが礼に来る」とあります。この形から、江戸時代中期には、すでに「あきれが礼に来る」という言い回しが使われていたことが分かります。
『はいかい 口よせ草』は、初代収月の自薦による雑俳集で、1736年、江戸の河村源左衛門によって刊行されました。雑俳は、本格的な俳諧に対して、雑多な形式と内容をもつ遊戯的な俳諧の総称で、江戸時代中期に流行しました。
そのため、この言い方は、重々しい教訓として生まれたというより、あきれた気持ちを機知や笑いを交えて強める、口語的で滑稽味のある表現として広がったものと考えられます。雑俳には、言葉の意外な取り合わせや、日常の気分を短く鋭く言い表す性格があります。
表記には、「呆れが礼に来る」のほか、「呆が礼に来る」と示される形もあります。また、「礼」は「お礼」とも置き換えられる形で扱われ、どちらも、あきれた気持ちを人のように動かして見せるところにおもしろさがあります。
近い発想の表現に「呆れが宙返りをする」があります。これは「あきれかえる」をおどけて言ったもので、ひどくあきれるという意味を表し、『辰巳婦言』(1798年・江戸時代後期)にも用例があります。
「呆れ」を、まるで体をもったもののように扱う言い方は、ほかにも見られます。『浮世風呂』(1809〜1813年・江戸時代後期、式亭三馬作)には、「あきれが湯気に上らア」という用例があり、あきれた気持ちを湯気のように立ち上るものとして表しています。
一方、「呆れ返る」は、途方もないことに出会って非常に驚くこと、または、あまりのことにすっかりあきれることを表します。「呆れが礼に来る」は、その「呆れ返る」気持ちを、さらに大げさに、少しこっけいに言った表現だといえます。
現在では、相手の身勝手さ、非常識さ、厚かましさなどに対して、ただ「あきれた」と言うだけでは足りない場面で用いられます。ほめ言葉ではなく、あまりのひどさに言葉を失う気持ちを、強く、少し皮肉をこめて表す言い方です。
「呆れが礼に来る」の使い方




「呆れが礼に来る」の例文
- 資料をなくした本人が、期限を延ばして当然だと言い張るとは、呆れが礼に来る。
- 約束を破ったうえに、謝るどころか相手のせいにするとは、呆れが礼に来る。
- 部費を勝手に使った人が、みんなのためだと胸を張るのは、呆れが礼に来る。
- 提出物を一つも出していないのに、評価だけ高くしてほしいと言うのは、呆れが礼に来る。
- 近所に迷惑をかけた店が、苦情を言う客が悪いと貼り紙を出したのは、呆れが礼に来る。
- 助けてもらった相手に礼も言わず、さらに別の頼み事まで重ねるとは、呆れが礼に来る。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・初代収月自薦『はいかい 口よせ草』河村源左衛門、1736年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』.
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary』.























