【故事成語】
一家を機杼す
【読み方】
いっかをきちょす
【意味】
独自の言論や文章を編み出し、一つの流派や立場を立てること。


【類義語】
・一家を成す(いっかをなす)
【対義語】
・踏襲(とうしゅう)
・模倣(もほう)
「一家を機杼す」の故事
「一家を機杼す」は、中国の古い史書に伝わる祖瑩(そえい)の言葉から生まれた故事成語です。日本語では、『北史(ほくし)』(659年成立、唐の李延寿撰)祖瑩伝に由来する表現として伝わり、はた織りでさまざまな柄を織り出すように、独自の言論や文章を編み出して一派を立てる意味で用いられます。
もとになった言葉は、『魏書(ぎしょ)』(554年成立、北斉の魏収撰)巻八十二の祖瑩伝にも出てきます。そこには、祖瑩が文学によって重んじられ、常に人に「文章須自出機杼,成一家風骨,何能共人同生活也」と語った、とあります。これは、文章は自分の機杼から出し、一家の風骨を成すべきで、どうして他人と同じ営みをしていられようか、という意味です。
「機杼」の「機」は、布を織るはたを指し、「杼(ひ)」は、横糸を通すための舟形の道具を指します。もとは実際のはた織りの用具を表す言葉でしたが、そこから、詩文の構成や工夫を表す意味にも広がりました。糸を選び、通し方を工夫して布の柄を織るように、言葉を選び、構成を整えて文章を作るというたとえです。
祖瑩は、幼いころから読書を好み、夜も学び続けた人物として語られます。『魏書』祖瑩伝には、八歳で『詩』や『書』を暗唱し、十二歳で中書学生となり、のちに文章を好む才を認められたことが記されています。こうした人物の言葉として、「文章は自分の機杼から出すべきだ」という考えが置かれているため、この故事成語には、ただ目立つ文章を書くというよりも、自分の深い工夫から独自の文体や立場を生み出す、という重みがあります。
祖瑩の言葉には、他人の文章を盗み、自分のもののようにする人々を戒める意味もありました。『魏書』には、この発言は、世の人が他人の文章を好んで盗み、自分のものとして用いることをそしったものだとあります。つまり、「一家を機杼す」は、単なる才能の自慢ではなく、人まねに流れず、自分の考えと表現を鍛えていくべきだという教えを含んでいます。
後の時代にも、「機杼」は、文章の独創的な工夫を表す言葉として用いられました。南宋の周密『齊東野語』巻五には「作文自出機杼難」とあり、文章で自分自身の工夫を出すことの難しさが述べられています。また、『幼學瓊林』巻四・文事類には「文章奇異,曰機杼一家」とあり、すぐれた独自性をもつ文章を「機杼一家」と表しています。
このように、「自出機杼」「成一家風骨」という古い表現は、文章や言論の独創性をたたえる言い方として受け継がれ、日本語では「一家を機杼す」という形で定着しました。現在の意味も、はた織りのたとえと祖瑩の言葉をふまえ、他人の型をなぞるだけでなく、自分の工夫によって新しい一派を築くことを指しています。
「一家を機杼す」の使い方




「一家を機杼す」の例文
- その作家は古い文体を学んだうえで、自分だけの語り口を築き、一家を機杼すに至った。
- 彼の評論は流行の説をまねず、独自の視点で文学を読み解き、一家を機杼すものとなった。
- 新人の研究者が一家を機杼すには、先行研究をふまえながらも新しい問いを立てる力が必要だ。
- 短歌の世界で一家を機杼すことは、奇抜な言葉を並べることではなく、深い工夫を重ねることだ。
- 編集者は、彼女の随筆には一家を機杼すだけの独自の調子があると認めた。
- 模倣に終わらず、一家を機杼すまでに育つには、長い読書と試作の積み重ねが欠かせない。
主な参考文献
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・魏収『魏書』554年。
・李延寿『北史』659年。
・周密『齊東野語』南宋。
・程登吉編、鄒聖脈増補『幼學瓊林』明末・清初。























