【ことわざ】
大水に飲み水なし
【読み方】
おおみずにのみみずなし
【意味】
物や人がたくさんあっても、その目的にかなって本当に役立つものや人は少ないというたとえ。


【英語】
・Water, water, everywhere, nor any drop to drink(水は至る所にあるのに、飲める一滴もない)
【類義語】
・火事場に煙草火なし(かじばにたばこびなし)
【対義語】
・多士済済(たしせいせい)
「大水に飲み水なし」の語源・由来
「大水に飲み水なし」は、洪水のときの水のありさまをもとにしたことわざです。「大水」は、大雨などによって川の水が増え、あふれ出すことや、その水を指します。「飲み水」は、人が飲むための水、つまり飲用に適した水のことです。
洪水が起こると、辺り一面が水で満たされます。しかし、その水には泥や汚れが混じっているため、目の前に大量の水があっても、そのまま飲むことはできません。大雨や浸水によって雨水などが井戸へ入り込めば、ふだん使っていた飲み水まで汚染されるおそれもあります。
この、一見すると豊富にあるのに、肝心の目的には使えないという食い違いが、ことわざのもとになっています。そこから、物がたくさんあっても必要な用途に合うものがないことや、人が大勢集まっていても、その場で求められる働きができる人は少ないことを表すようになりました。
このことわざには、「火事場に煙草の火なく大水に飲み水なし」という長い形もあります。火事場には燃え盛る火がいくらでもありますが、危険な火事の火を、落ち着いて煙草へ火を移すために使うことはできません。同じように、洪水のときには水があふれていても、飲み水にはできません。
長い形では、「火が多いのに使える火がない」という前半と、「水が多いのに使える水がない」という後半を対にしています。火と水という正反対のものを並べながら、どちらも「大量にあることが、必要なものを得られることにはつながらない」という同じ道理を表しています。
昭和17年に朝鮮語新聞『毎日新報』へ掲載された「今日の諺」の欄にも、このことわざが「大水に飲水なし」という形で出てきます。この欄は、昭和17年1月22日から6月30日まで続き、日本語のことわざと、それに当たる朝鮮語の表現を並べて紹介していました。
この用例では「飲み水」を「飲水」と書いていますが、読みは「のみみず」です。今日広く用いられる「大水に飲み水なし」という表記は、意味の区切りが分かりやすいように、動詞「飲む」の連用形に送り仮名を添えた形です。
もともとは、水の量と用途の食い違いを表した言い方ですが、現在は、人や物の数と実際の働きとの違いを指す場合が多くなっています。人に用いる場合も、その人自身の価値を否定するのではなく、ある仕事や緊急の場面に必要な知識や技術をもつ人が少ない、という点を表します。
つまり、「大水に飲み水なし」は、数の多さだけに安心せず、目的に合うか、実際に使えるかを確かめることの大切さを教えることわざです。目に入る量の豊かさと、本当に必要なものの豊かさとは同じではない、という教えが込められています。
「大水に飲み水なし」の使い方




「大水に飲み水なし」の例文
- 図書室には本が何千冊もあるのに、自由研究に使える資料がなく、大水に飲み水なしだった。
- 親戚が大勢集まったが、壊れた水道を直せる人がおらず、大水に飲み水なしという状態になった。
- 部員は多いものの、試合で投手を任せられる選手が少なく、大水に飲み水なしと監督は悩んだ。
- 応募者が百人を超えても必要な技術をもつ人が見つからず、大水に飲み水なしの採用活動となった。
- 倉庫には道具があふれていたが、災害時に使える物はわずかで、大水に飲み水なしだった。
- 情報は大量に集まったものの、判断の根拠になる資料がなく、大水に飲み水なしの状況に陥った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・熊谷明泰「朝鮮語新聞『毎日新報』に掲載された『国語』欄の歴史的変遷(一九三九年~一九四四年)」『関西大学人権問題研究室紀要』第68号、関西大学人権問題研究室、2014年。
・Samuel Taylor Coleridge『The Rime of the Ancient Mariner』1798年。























