【ことわざ】
噛み合う犬は呼び難し
【読み方】
かみあういぬはよびがたし
【意味】
何かに夢中になっている者は、周囲から何を言われても耳に入らないというたとえ。


【類義語】
・闘う雀、人を恐れず(たたかうすずめ、ひとをおそれず)
「噛み合う犬は呼び難し」の語源・由来
このことわざは、犬同士が激しく噛み合っているとき、いくら呼びかけても振り向かず、声が耳に入らないように見えることから生まれた表現です。目の前の争いに心を奪われた犬の姿を、人が一つの物事に夢中になり、周囲の声を聞かなくなる状態に重ねています。
「噛み合う」は、このことわざでは、犬同士が互いに噛みついて争うことを表します。歯車などがうまく組み合わさるという意味や、話の内容が一致するという現代の用法とは異なります。
大槻文彦編『言海(げんかい)』の稿本には、「かみあひ」を「互ニ噛ミテ闘フコト。『犬ノ-』」とする記述があります。「犬の噛み合い」が、犬同士が噛み合って争うことを指す具体的な言い方として用いられていたことが分かります。
『言海』は、1889年から1891年にかけて刊行された明治時代の国語辞書です。ただし、この記述にあるのは「かみあひ」という名詞であり、「噛み合う犬は呼び難し」ということわざ全文の初出を示すものではありません。
後半の「呼び難し」は、「呼んでも来させにくい」「呼びかけても応じさせにくい」という意味です。「難し」は、ここでは「がたし」と読み、動詞の連用形に付いて、その行為をすることが難しいという意味を表します。
したがって、もとの場面は、喧嘩の最中の犬を呼び戻そうとしても、争いに夢中になっていて声が届かないというものです。そこから、人も自分にとって重大なことや興味のあることに心を奪われると、他人の呼びかけや忠告を受け止めにくくなるという意味へ広がりました。
このことわざの要点は、争っている者同士を仲裁しにくいということだけではありません。遊び、仕事、勉強、議論など、一つのことに熱中するあまり、外から何を言われても耳に入らなくなる状態を広く表します。
犬に関することわざの中でも、この表現は、犬が噛みついて争う行動をもとに、人が夢中になって周囲の声を聞かなくなる様子を表したものとして位置づけられます。中国の古典に記された人物や逸話をもとにした故事成語ではなく、身近な犬の姿から生まれた日本のことわざです。
表記には「嚙み合う犬は呼び難し」と「噛み合う犬は呼び難し」があり、「嚙」と「噛」のどちらも用いられます。読み方と意味に違いはありません。
類義の表現である「闘う雀、人を恐れず」も、争いに夢中になった動物が、周囲を気にしなくなる姿をもとにしています。ただし、「噛み合う犬は呼び難し」は、とくに呼びかけや忠告が耳に入らない点を強く表します。
このように、犬同士が噛み合う具体的な光景から、人が一事に没頭したときの心の狭まりを言い表す比喩へと定着しました。熱心さをほめるというよりも、周囲の声を受け止められなくなっている状態を、少し距離を置いて表すことわざです。
「噛み合う犬は呼び難し」の使い方




「噛み合う犬は呼び難し」の例文
- 締切前の原稿に没頭する彼は、噛み合う犬は呼び難しという通り、何度声をかけても気づかない。
- 新しいゲームに夢中の弟は、まさに噛み合う犬は呼び難しで、夕食の呼び声にも気づかなかった。
- 議論に熱中する二人を見て、噛み合う犬は呼び難しとはこのことだと思った。
- 研究に没頭した教授の姿は、噛み合う犬は呼び難しそのものだった。
- 祭りの準備に夢中の彼女は、噛み合う犬は呼び難しで、家族からの電話にも気づかなかった。
- 部長が周囲の忠告を聞かずに設計図へ向かう様子は、噛み合う犬は呼び難しというほかなかった。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・学研辞典編集部編『用例でわかる故事ことわざ辞典』学習研究社、2005年。
・大槻文彦編『言海』大槻文彦、1889〜1891年。
・馬場俊臣「『犬』に関することわざ(2)―『犬』をどう捉えてきたか―」『札幌国語研究』第25号、北海道教育大学国語国文学会・札幌、2020年。























