【慣用句】
竈将軍
【読み方】
かまどしょうぐん
【意味】
家庭の中だけで威張る一家の主人。転じて、家の中で横柄に権勢を振るう妻。


【類義語】
・内弁慶(うちべんけい)
・亭主関白(ていしゅかんぱく)
「竈将軍」の語源・由来
「竈将軍」は、煮炊きに使う「竈」と、軍勢を率いる「将軍」とを組み合わせた表現です。竈は家族の食事を作る場所であり、古くから家の暮らしを支える大切な設備でした。そこから「竈」は、竈そのものだけでなく、家庭や一家を表す言葉としても使われるようになりました。
そうした家庭という限られた場所で、将軍のように大きな権力を振るう者が「竈将軍」です。「将軍」という堂々とした呼び名に「竈」を付けることで、力を示せる範囲が自分の家の中に限られていることを、皮肉を込めて表しています。
古い例として、『毛吹草(けふきぐさ)』(1638年序・江戸時代前期、松江重頼編)に「竈将軍」が載っています。『毛吹草』は七巻からなる俳諧書で、このころにはすでに、家庭の中で大将のように振る舞う者を表す言い方として知られていたことが分かります。
文章の中で使われた古い例には、井原西鶴の浮世草子『本朝二十不孝(ほんちょうにじゅうふこう)』(1686年・江戸時代前期)があります。この作品は、中国の孝行説話を意識しながら、日本のさまざまな親不孝者を描いた短編集です。
その一節では、昔の苦労を忘れ、わがままに振る舞ったために、土地の人々から憎まれ、付き合いを絶たれた人物について、「我内の竈将軍」と記しています。家の外では人々とのつながりを失い、自分の家の中でだけ思いどおりに振る舞う様子を、「竈将軍」と呼んでいるのです。
この用例では、「一家の主人」という意味だけでなく、外の社会では人望や力をもたず、家庭内でだけ威張っているという批判的な意味が、はっきりと表れています。現在の「家の中だけで威張る人」という意味につながる重要な古例です。
江戸時代中期の人形浄瑠璃『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』(1747年、二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳作)にも、この表現が出てきます。この作品は、大坂の竹本座で初演された全五段の時代物です。
作中では、船問屋の銀平が源義経に自分の働きを褒められたとき、自分は名の知れた者ではあっても、しょせん町人にすぎないとして、その働きを「竈将軍」と控えめに言い表します。ここでは、大将のように見える働きも、実際には自分の身近な範囲でのことにすぎないという、へりくだった言い方になっています。
このように「竈将軍」には、相手を非難して「家の中だけで威張る人」と呼ぶ用法だけでなく、自分の力を小さく見せ、「しょせん家庭内の大将にすぎない」と謙遜する用法もありました。「将軍」の勇ましさと、「竈」が示す狭い範囲との落差が、この表現の面白さを生んでいます。
さらに、鼻山人の人情本『四季眺望 恩愛二葉艸(しきのながめ おんあいふたばぐさ)』(1834年序・江戸時代後期)では、横柄に振る舞う妻を「竈将軍」「女房天下」と呼んでいます。もとは一家の主人を指した言葉が、家庭内で強い権力を振るう妻にも用いられるようになったのです。
こうして「竈将軍」は、性別にかかわらず、家庭の中で大きな権力をもち、とりわけ家族に対して横柄に振る舞う人を表す言葉へと広がりました。文脈によっては単なる一家の主人を指しますが、多くの場合、家の中だけで威張る態度への皮肉や批判を含みます。
「竈将軍」の使い方




「竈将軍」の例文
- 家族の意見を聞かずに命令ばかりする父は、いつしか竈将軍と陰で呼ばれるようになった。
- 職場では控えめなのに、家に帰ると竈将軍のように威張る人もいる。
- 祖父は、昔は一家を取り仕切る者を竈将軍と呼ぶことがあったと教えてくれた。
- 休日の予定まで一人で決める母の横柄さを、物語は竈将軍という言葉で表した。
- 家族会議を始めてから、父は竈将軍のような振る舞いを改めた。
- 竈将軍にならず、家のことは家族みんなで話し合って決めるべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松江重頼編『毛吹草』1638年序。
・井原西鶴『本朝二十不孝』1686年。
・竹田出雲・三好松洛・並木千柳『義経千本桜』1747年。
・鼻山人『四季眺望 恩愛二葉艸』1834年序。























