【ことわざ】
雉の隠れ
【読み方】
きじのかくれ
【意味】
全体を隠したつもりでも、一部分が見えていて、隠し切れていないことをあざけっていう言葉。


【英語】
・like an ostrich burying its head in the sand.(頭だけを隠して見えないつもりになる)
【類義語】
・雉の草隠れ(きじのくさがくれ)
・頭隠して尻隠さず(あたまかくしてしりかくさず)
「雉の隠れ」の語源・由来
「雉の隠れ」は、雉(きじ)が草の中に身を隠したつもりでも、頭や首だけが隠れ、尾が外に出たままになっている姿をもとにした言い方です。別の形として「雉の草隠れ」ともいい、一部分だけを隠して、ほかの部分が現れているのを知らずにいることを表します。
雉は、雄の尾が長く、草原や低木林などにすみ、地上で餌をとる鳥です。尾が長く、草の中で身を伏せる姿を思い浮かべると、頭を隠しても尾が目立つという、このことわざのたとえが分かりやすくなります。
この言い方の古い用例として、『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』巻五に「雉のかくれとかやの風情か」という形が出てきます。ここでは、隠れ忍んでいるつもりでも隠れ方が十分でないありさまを、雉の隠れ方にたとえています。
『源平盛衰記』は、鎌倉時代の軍記物語で、全四十八巻から成り、作者と成立年代は未詳です。源氏と平家の興亡を、多くの挿話や伝説をまじえて描く作品であり、「雉の隠れ」という言い方が中世の物語の中でたとえとして使われていたことが分かります。
この古い用例では、現在よく見る「頭隠して尻隠さず」という形そのものではなく、「雉のかくれ」という短い形が使われています。つまり、雉が隠れているようで隠れきれていないという具体的な姿が、先にたとえの中心になっていたのです。
同じ発想は、『太平記(たいへいき)』にも近い形で出てきます。『太平記』巻十には、「狩場(かりば)の雉の草隠れたる有り様」という表現があり、狩場で追いたてられた雉が、隠れたつもりでも逃れきれない姿として描かれています。
『太平記』は、十四世紀後半に成立した南北朝時代の軍記物語で、全四十巻から成ります。そこに「雉の草隠れ」という形が出てくることから、雉の不完全な隠れ方を人のありさまに重ねる表現が、中世の軍記物語の世界でも通じるたとえであったことがうかがえます。
やがて、この雉の姿をもとにした考え方は、「頭隠して尻隠さず」という、より分かりやすい形でも広まりました。この言い方も、もとは雉が敵から逃れようとして草むらに隠れたとき、長い尾の一部が草からはみ出しても気づかないことに見立てたものです。
「頭隠して尻隠さず」は、江戸いろはかるたにも採られ、絵札では、人が尻を出した図によって、隠したつもりでも見えている滑稽さが分かりやすく表されました。こうして、雉の姿をもとにした古い見立ては、人間の油断やごまかしの不完全さをあざける言葉として、いっそう身近に受け取られるようになりました。
現在の「雉の隠れ」は、単に体の一部が見えている場合だけでなく、失敗の証拠、言い訳の矛盾、隠しごとの手抜かりなどにも使われます。隠したつもりの本人だけが気づかず、周りには見えているというずれを、雉の姿に重ねて言い表すことわざです。
「雉の隠れ」の使い方




「雉の隠れ」の例文
- テストの点を隠したつもりでも、机の上に答案が出ていて、まさに雉の隠れだった。
- 弟は食べたお菓子の袋だけ戸棚に戻したが、口のまわりに粉がついていて雉の隠れだった。
- 失敗した資料をこっそり差し替えたつもりでも、日付の違いが残っていて雉の隠れとなった。
- 友人は遅刻の理由をごまかしたが、映画館の半券を落としていて雉の隠れだった。
- 花びんを割ったことを黙っていたが、床に小さなかけらが残っていて雉の隠れになった。
- 会社の報告書で数字を直したつもりでも、合計欄が合わず、雉の隠れのように不自然さが見えた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『源平盛衰記』。
・『太平記』。
・EDP編『英辞郎 on the WEB』アルク。























