【故事成語】
一将功成りて万骨枯る
【読み方】
いっしょうこうなりてばんこつかる
【意味】
一人の将軍や指導者が功績を上げる陰には、多くの人の犠牲や苦労があるということ。成功者だけが名誉を得ることを嘆き、戒める言葉。


【類義語】
・縁の下の力持ち(えんのしたのちからもち)
「一将功成りて万骨枯る」の故事
この故事成語は、晩唐の詩人、曹松(そうしょう)の漢詩『己亥歳(きがいのとし)』の結びの一句に由来します。『己亥歳』は七言絶句で、『全唐詩』巻七百十七には「己亥歲二首」として、第一首に「澤國江山入戰圖,生民何計樂樵蘇。憑君莫話封侯事,一將功成萬骨枯。」と収められています。
詩題の「己亥」は、唐の僖宗の乾符六年、すなわち八七九年を指します。このころ、唐は末期に入り、黄巣の乱(こうそうのらん)によって広い地域が戦乱に巻きこまれていました。黄巣の乱は八七五年から八八四年にかけて起こり、唐朝滅亡の大きなきっかけとなった反乱です。
詩の前半では、水郷の山河まで戦場となり、人々が薪を取り、草を刈るといった日々の暮らしさえ、安心して営めない様子を描きます。「樵蘇(しょうそ)」は、薪を取り草を刈ることで、民衆の最低限の日常生活を表します。ここでは、戦功を競う武将の目線ではなく、戦乱の中で暮らしを奪われる人々の目線が前に出ています。
後半の「憑君莫話封侯事」は、「どうか、手柄を立てて高い地位に封ぜられる話などしないでくれ」という意味です。続く「一將功成萬骨枯」は、「一人の将軍が手柄を立てる陰では、数えきれないほど多くの兵士の命が失われているのだから」という意味を表します。ここでいう「万骨」は、実際の数を細かく数える言葉ではなく、戦場に倒れた多くの人々の命を重く示す表現です。
この一句は、「一」と「万」、「功成」と「骨枯」が向かい合う形になっており、一人の名誉と多数の犠牲との落差を強く響かせます。そのため、詩全体から切り離しても意味が伝わりやすく、戦争で功名を得る者の陰にある犠牲を忘れてはならないという言葉として定着しました。
『己亥歳』は、後に唐詩選集『三体詩(さんたいし)』にも収められました。『三体詩』は、南宋の周弼(しゅうひつ)が編んだ唐詩選集で、日本でも室町時代以来広く読まれ、江戸時代にも注釈書が作られました。このような受容を通じて、曹松の一句は日本の知識人にも知られるようになりました。
日本語の表現としては、江戸時代後期の『譬喩尽(たとえづくし)』(一七八六年、松葉軒東井編)にも用例があり、近代以後の文章にも見られます。もとは戦場で死んだ兵士の骨を指す厳しい表現ですが、現在では、会社・学校・政治・社会活動などで、目立つ人の成功の裏にある多くの人の苦労や犠牲を忘れてはならない、という戒めとしても使われます。
「一将功成りて万骨枯る」の使い方




「一将功成りて万骨枯る」の例文
- 社長の成功談だけが語られたが、現場で苦労した社員を思うと、一将功成りて万骨枯るという言葉が浮かぶ。
- 大会で監督の名声は高まったが、無理な練習で多くの選手が傷つき、一将功成りて万骨枯るのような結果となった。
- 新商品の大ヒットの陰で、徹夜を重ねた開発チームが顧みられないのは、一将功成りて万骨枯ると言うべき状況だ。
- 歴史の英雄をたたえるときにも、一将功成りて万骨枯るという視点を忘れてはならない。
- 一人の政治家の手柄として語られているが、被災地で働いた無数の人を思えば、一将功成りて万骨枯るである。
- 文化祭の成功を代表者だけの功績にするのは、一将功成りて万骨枯るのようで、準備に関わった友人たちに失礼だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・周弼編『三体詩』南宋、1250年ごろ成立。
・彭定求等編『全唐詩』揚州詩局、1707年。
・松葉軒東井編『譬喩尽』1786年。























