【ことわざ】
可愛さ余って憎さ百倍
【読み方】
かわいさあまってにくさひゃくばい
【意味】
かわいいと思う気持ちが強い相手ほど、いったん憎いと思うようになると、その憎しみも非常に強くなるということ。


【英語】
・The greatest hate springs from the greatest love.(最も大きな憎しみは、最も大きな愛から生まれる)
【類義語】
・好いたほど厭い(すいたほどきらい)
・可愛い可愛いは憎いの裏(かわいいかわいいはにくいのうら)
【対義語】
・憎い憎いは可愛いの裏(にくいにくいはかわいいのうら)
「可愛さ余って憎さ百倍」の語源・由来
テキ「可愛さ余って憎さ百倍」は、愛情と憎しみが離れたものではなく、強い思いの中で裏返ることを言い表したことわざです。「可愛さ」は、かわいく思う心や、いとしむ気持ちを表し、「憎さ」は、憎いと思う気持ちや、その度合いを表します。
このことわざは、「可愛さ余って憎さが百倍」という形でもよく用いられます。「が」を入れた形では、かわいいと思う心が強いだけに、いったん憎いと思いはじめると、その憎しみが非常に強くなる、という意味を表します。
早い用例としては、歌舞伎『白縫譚(しらぬいものがたり)』(1853年・江戸時代後期、河竹黙阿弥作)大詰に、「可愛さ余って憎さが百倍」という形が出てきます。『白縫譚』は、江戸の河原崎座で初演された歌舞伎脚本で、合巻『白縫譚』の一部を脚色した作品です。
この場面では、相手への強い感情が、思い通りにならないことをきっかけに激しい敵意へ変わる様子が表れています。愛情が深かったからこそ、相手が妨げになると、ふつう以上に憎しみが高まるという意味が、芝居のせりふの中で分かりやすく示されています。
「百倍」は、実際に百倍になるという数の意味ではなく、憎しみの強さを大きく言い表すための表現です。もとの好意が強いほど、裏切られた、拒まれた、期待を外されたと感じたときの反動も大きくなる、という人の感情の動きを表しています。
明治以後にも、このことわざは人間の複雑な感情を表す言葉として使われました。谷崎潤一郎の小説『悪魔』(1912年)には、「可愛さ余って憎さが百倍」という形が出てきており、近代文学の中でもこの言い方が通じる表現として用いられていたことが分かります。
現在の形である「可愛さ余って憎さ百倍」は、「が」を省いて調子よく整えた言い方として広く使われます。英語やポルトガル語の辞典にも、この形が慣用表現として挙げられており、愛情の深さが憎しみの強さに転じる意味で扱われています。
このことわざは、単に「好きだった人を嫌いになる」という軽い意味ではありません。深く大切に思っていた相手だからこそ、相手の変化や裏切りを重く受け止め、憎しみまで強くなってしまう、という激しい感情の転換を表します。
そのため、使う場面には少し注意が必要です。冗談のように軽く使うこともありますが、本来は、愛情・期待・失望・怒りが重なった、かなり強い心の動きを表すことわざです。スト
「可愛さ余って憎さ百倍」の使い方




「可愛さ余って憎さ百倍」の例文
- 長く目をかけていた部下に裏切られ、上司は可愛さ余って憎さ百倍の思いになった。
- あれほど応援していた選手の不正を知り、可愛さ余って憎さ百倍と感じたファンも多かった。
- 親友だと思っていた相手に秘密を話され、可愛さ余って憎さ百倍の気持ちがこみ上げた。
- 大切に育てた弟子が約束を破ったため、師匠の怒りは可愛さ余って憎さ百倍に近かった。
- 可愛さ余って憎さ百倍とは、愛情が深かった分だけ憎しみも強くなることをいう。
- 彼女は信じていた友人に冷たくされ、可愛さ余って憎さ百倍のような複雑な感情を抱いた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・ジャイメ・コエーリョ・飛田良文編『現代日葡辞典』小学館、1998年。
・河竹黙阿弥『白縫譚』1853年。
・谷崎潤一郎『悪魔』1912年。























