【故事成語】
窮鳥懐に入れば猟師も殺さず
【読み方】
きゅうちょうふところにいればりょうしもころさず
【意味】
追い詰められて逃げ場を失った者が救いを求めてきたなら、見捨てずに助けるべきだというたとえ。


【類義語】
・向かう鹿には矢が立たず(むかうししにはやがたたず)
・杖の下から回る子(つえのしたからまわるこ)
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」の故事
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」のもととなった「窮鳥入懐」という表現は、中国で古くから用いられてきました。「窮鳥」は、追い詰められて逃げ場を失った鳥を指し、「入懐」は、人の懐へ飛び込むことを表します。敵であるはずの人間の懐にまで入るところに、その鳥がほかに頼る場所を失った切迫した様子が表れています。
古い物語は、東晋の歴史家である孫盛が著した『魏氏春秋(ぎししゅんじゅう)』(4世紀成立)に出てきます。この書物は失われましたが、その一節を、陳寿の史書『三国志(さんごくし)』「邴原伝(へいげんでん)」に付された裴松之の注が伝えています。
後漢末、遼東(りょうとう)の太守であった公孫度は、勇気と知略を備えた劉政を恐れ、彼を殺そうとして家族を捕らえました。劉政は逃げ延びましたが、かくまった者も同罪にするとの命令が出たため、行き場を失い、邴原のもとを訪れます。
劉政は邴原に対し、「窮鳥入懐」と告げました。これは、自分を追い詰められた鳥になぞらえ、「もはや、あなたの懐へ飛び込むほかに道がありません」と助けを求めた言葉です。邴原は劉政を一か月余りかくまったうえで、太史慈に託して逃がし、捕らえられていた家族も釈放されるよう、公孫度を説得しました。
この表現に、人が守るべき道としての意味をはっきりと与えたのが、顔之推の『顔氏家訓(がんしかくん)』「省事(しょうじ)」です。『顔氏家訓』は、中国の南北朝時代末期に生きた顔之推が、子孫のために、人の生き方や学問、家庭、社会との関わり方を説いた家訓書です。
「省事」には、「然而窮鳥入懐、仁人所憫。況死士帰我、当棄之乎」とあります。「しかし、追い詰められた鳥が懐へ入れば、情けある人は哀れに思う。まして命をかけた者が自分を頼ってきたなら、どうして見捨てられようか」という意味です。
この前後で顔之推は、道理に外れた争いへむやみに加わることを戒めています。一方で、親しい者が本当に危難へ追い込まれたなら、財産や自分の力を惜しまず助けるべきだとも述べています。ただし、悪事に力を貸したり、道理のない要求まで受け入れたりすることとは区別しています。
したがって、この故事成語は、相手の行いを何もかも認めるという意味ではありません。追い詰められた者が自分を信じて救いを求めてきたとき、その命や身の安全を見捨てず、まず情けをもって受け止めることを教えています。
日本では、『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半成立、作者未詳)巻第四に、「窮鳥懐に入る。人倫是を憐れむ」と出てきます。平家に追われた以仁王を助けるかどうかを僧たちが話し合う場面で、乗円房慶秀がこの言葉を引き、頼ってきた王を見捨てずに守ろうと訴えています。
さらに、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、作者未詳)巻第十八には、「窮鳥入懐時、狩人哀之不殺」とあります。追い詰められた鳥が懐へ入ったときには、狩人も哀れに思って殺さないという形で、中国の「窮鳥入懐」に、「狩人も殺さない」という説明が加わっています。
こうして、「窮鳥懐に入る」という短い表現と、「狩人も殺さず」という、日本で分かりやすく展開された言い方とが結び付き、現在の「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」という形が定着しました。逃げ場を失って助けを求める者を見捨てないという、人の情けと寛容を伝える故事成語です。
「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」の使い方




「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」の例文
- 長年争ってきた相手が保護を求めてきたため、武将は窮鳥懐に入れば猟師も殺さずと考えて城内へ迎え入れた。
- 窮鳥懐に入れば猟師も殺さずというように、父は助けを求めてきた旧友を冷たく追い返さなかった。
- 競争相手の会社が災害で営業できなくなったとき、社長は窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとして倉庫を貸した。
- 兄は、窮鳥懐に入れば猟師も殺さずの教えに従い、仲たがいしていた友人の相談に耳を傾けた。
- 窮鳥懐に入れば猟師も殺さずとばかりに、村人たちは追われてきた旅人へ食事と寝場所を与えた。
- 監督は窮鳥懐に入れば猟師も殺さずの心で、失敗を重ねて助言を求めてきた元選手に手を差し伸べた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・陳寿『三国志』巻十一「邴原伝」裴松之注。
・顔之推著、林田愼之助訳『顔氏家訓』講談社、2018年。
・『平家物語』13世紀前半成立。
・『太平記』14世紀後半成立。























