【故事成語】
遠水近火を救わず
【読み方】
えんすいきんかをすくわず
【意味】
遠くにあるものは、急な用には役に立たないというたとえ。近くで起きている困りごとには、遠くの助けでは間に合わないことを表す。


【英語】
・Far water does not put out near fire(遠くの水は近くの火を消せない)
・Distant water cannot quench a nearby fire(遠くの水は近くの火事を消せない)
【類義語】
・遠水渇を救わず(えんすいかつをすくわず)
・遠くの親類より近くの他人(とおくのしんるいよりちかくのたにん)
「遠水近火を救わず」の故事
「遠水近火を救わず」は、中国の古典『韓非子(かんぴし)』「説林(ぜいりん)上」に由来する故事成語です。『韓非子』は、中国戦国時代末の法家の思想家である韓非に帰される論文集で、二十巻五十五編から成ります。
この故事の舞台は、春秋時代の魯(ろ)という国です。魯の穆公(ぼくこう)は、自分の公子たちを晋(しん)や荊(けい)に仕えさせ、遠くの大国との結びつきによって、いざという時の助けを得ようとしました。
これに対して、犁鉏(りしょ)という人物が反対します。犁鉏は、遠くの国の力を頼みにする考えが、目の前の危機には間に合わないことを、二つのたとえで示しました。
一つ目は、溺れている子を助けるために、遠い越(えつ)の国から泳ぎのうまい人を借りてくるというたとえです。たとえ越の人が泳ぎにすぐれていても、遠くから呼びに行っていては、溺れている子は助からないという意味です。
二つ目が、この故事成語のもとになった火事のたとえです。火事が起きたとき、海には水がたくさんあっても、遠い海から水を運んでいては、近くの火を消すことはできません。
『韓非子』には、「失火而取水於海、海水雖多、火必不滅矣。遠水不救近火也」とあります。火事になってから海に水を取りに行っても、海水が多くても火は消えない、遠くの水は近くの火を救わない、という意味です。
犁鉏が本当に言いたかったのは、水や火の話そのものではありません。晋や荊が強い国であっても遠くにあり、魯の近くには斉(せい)という強い国があるため、近くの危険に対して遠くの援助を頼みにしても間に合わない、という政治上の判断でした。
このように、原典では外交や国の守りに関わる話として語られています。遠くの力がどれほど大きく見えても、時間や距離のために、目の前の危機には役立たないことがある、という現実的な考えを示しています。
のちにこの言葉は、国と国との関係だけでなく、日常生活にも広く用いられるようになりました。遠方にある助け、遅すぎる対応、すぐには届かない支援などが、急場の役に立たないことを表す言葉として理解されています。
また、「遠水渇を救わず」という近い言い方もあります。こちらは、遠くにある水が、今すぐのどの渇きをいやす役には立たないというたとえで、「遠水近火を救わず」と同じく、遠くのものは急な用に間に合わないという意味をもっています。
現在の「遠水近火を救わず」は、遠くの大きな助けよりも、今すぐ動ける手近な手段が必要な場面で使います。目の前の問題には、理想的でも遠すぎる助けではなく、すぐに届く具体的な対応が大切だという教えを伝える故事成語です。
「遠水近火を救わず」の使い方




「遠水近火を救わず」の例文
- 遠方の本社からの返事を待っていては、遠水近火を救わずで、現場の混乱はおさまらない。
- 急な停電の対策に、来週届く発電機を待つのは遠水近火を救わずというものだ。
- 病人が出た時、遠くの親戚に頼るだけでは遠水近火を救わずで、まず近所の人に助けを求めた。
- 明日の発表に必要な資料を海外から取り寄せても、遠水近火を救わずで間に合わない。
- 災害時には、遠水近火を救わずと考え、地域で使える備蓄を整えておく必要がある。
- 遠水近火を救わずというように、急ぎの問題には、すぐ動ける人と手段を先に考えるべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・韓非『韓非子』戦国時代末期。
・Walter K. Kelly, 『A Collection of the Proverbs of All Nations』W. Kent & Co., 1859.























