【ことわざ】
気は心
【読み方】
きはこころ
【意味】
額や量は少なくても、真心をこめているということ。わずかなことでも誠意の一端を示せるという意味。


【英語】
・It’s the thought that counts.(大切なのは品物そのものよりも、そこにこめた気持ちである)
【類義語】
・心ばかり(こころばかり)
・塵を結んでも志(ちりをむすんでもこころざし)
【対義語】
・恩に着せる(おんにきせる)
「気は心」の語源・由来
「気が利き過ぎて間が抜ける」は、「気が利いて間が抜ける」ともいうことわざです。「気が利いて」と「気が利き過ぎて」の両方の形があり、どちらも、気を回したはずなのに大事なところが抜けてしまう意味で使われます。
「気が利く」は、細かなところまでよく気がつき、心が行き届くことを表します。もとはよい働きを表す言い方で、物事をする能力や心配りがよく働くことを示します。
古い用例では、『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』(17世紀初め・江戸時代初期)に「機のきいたる男」という形が出てきます。ここでは、上の人に負けまいとして機敏に動き回る男を表し、「気が利く」が、すばやく心を働かせる意味に近い形で使われています。
また、「気を利かせる」は、相手の立場やその場の状況にふさわしく心を働かせることを表します。歌舞伎『彩入御伽草(いろいりおとぎぞうし)』(1808年・江戸時代後期、勝俵蔵作)にも「気をきかせよう」という形が出てきます。
一方、「間が抜ける」は、もともと音楽などで拍子や調子が外れることを表す言い方として使われました。浄瑠璃『大磯虎稚物語』(1694年ごろ・江戸時代前期)には、拍子が合わない意味での古い用例が出てきます。
その後、「間が抜ける」は、調子が外れるという具体的な意味から、することにぬかりがある、ぼんやりしている、という意味にも広がりました。『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』十五編(1780年・江戸時代中期)には、「間のぬけた事」という形が出てきます。
このように、「気が利く」は細かいところに心が働くことを表し、「間が抜ける」は大事な調子や要点が抜けることを表します。二つを合わせることで、「よく気が利いているようなのに、肝心な点が抜けてしまう」という、少し皮肉を含んだ意味になります。
現在の形に近い用例として、岸田国士『日本人とはなにか』(1948年・昭和時代)には、「気が利いて間が抜けた」とあります。改札口を二つにした処置そのものは機転のように見えても、事前の予告がなかったために問題が残る、という文脈で使われています。
この用例では、ただ失敗したことを言っているのではありません。よかれと思って行った工夫が、必要な知らせや準備を欠いたために、かえって格好のつかない結果になったことを表しています。
「気が利き過ぎて間が抜ける」の「過ぎて」は、気配りや工夫が多いことそのものよりも、程度を超えたために要点を外すことを強めています。そのため、このことわざは、親切な行動でも、相手の必要や本当に大切な点を見落とすと失敗につながる、という戒めとして読めます。
似た発想に、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」があります。やり過ぎは足りないのと同じようによくない、という考え方で、「気が利き過ぎて間が抜ける」にも、気配りはほどよく、要点を外さないことが大切だという教えが通っています。
つまり、このことわざは、気を利かせる心を大切にしながらも、何のために気を利かせるのかを忘れないようにする言葉です。細かな配慮と大事な目的の両方がそろって、初めて本当に行き届いた行動になるのです。
「気は心」の使い方




「気は心」の例文
- 高価な品ではないが、気は心と思って、祖母に手作りのしおりを贈った。
- 友人の引っ越しを手伝えたのは一時間だけだったが、気は心で力になりたかった。
- 気は心だからと、先生へのお礼にクラス全員で短い寄せ書きを作った。
- 母の日に小さな花を一輪だけ買い、気は心と考えて感謝の言葉を添えた。
- 会議の準備を少し手伝っただけでも、気は心で相手には助けになった。
- 遠くの親戚へ気は心のつもりで、地元のお菓子を少し送った。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・慶紀逸撰『俳諧武玉川』1750〜1776年。
・森本薫『女の一生』文明社、1946年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary.』























