【故事成語】
穎脱して出ず
【読み方】
えいだつしていず
【意味】
すぐれた才能をもつ人は、隠れていても、その才能が自然に外へ現れるということ。


【類義語】
・嚢中の錐(のうちゅうのきり)
・錐嚢中に処るが如し(きりのうちゅうにおるがごとし)
【対義語】
・能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす)
「穎脱して出ず」の故事
「穎脱して出ず」は、『史記(しき)』(前漢、紀元前91年ごろ成立、司馬遷著)の「平原君虞卿列伝」に出てくる毛遂の言葉にもとづきます。『史記』は、黄帝から前漢の武帝までの歴史を、人物の伝記を中心に記した全130巻の史書です。
中国の戦国時代、趙(ちょう)の都である邯鄲(かんたん)が、秦(しん)の軍に包囲されました。紀元前257年、趙の王族で宰相でもあった平原君(へいげんくん)は、楚(そ)へ赴き、秦に対抗するための合従(がっしょう)を結んで、援軍を得ようとしました。
平原君は、自分の門下に仕える人々の中から、勇気があり、学問と武芸を備えた者を二十人選ぼうとしました。しかし、ふさわしい者は十九人までしか見つかりませんでした。
そこへ、毛遂(もうすい)という人物が進み出て、自分を二十人目に加えてほしいと申し出ました。毛遂は平原君の門下に三年間いましたが、それまで目立った働きをしていませんでした。
平原君は毛遂に、すぐれた人物が世にいる姿は、錐(きり)が袋の中にあるようなものだと語りました。鋭い錐を袋へ入れれば、その先はたちまち外へ現れるのに、毛遂については三年間も評判を聞かなかったため、同行させることはできないと言ったのです。
毛遂は、「臣乃今日請処嚢中耳。使遂蚤得処嚢中、乃穎脱而出、非特其末見而已」と答えました。自分が袋の中に入る機会を願ったのは今日が初めてであり、もっと早く機会を与えられていたなら、錐の先が少し現れるだけでなく、全体が抜け出すほどの力を示していたはずだ、という意味です。
この「乃穎脱而出」を日本語で言い表した形が、「穎脱して出ず」です。「出ず」は「出ない」という否定ではなく、古語の「出づ(いづ)」であり、外へ出る、人目につく所に現れるという意味です。
「穎」は、錐などのとがった物の先を表す字です。「穎脱」は、錐が袋から鋭く現れる姿から、すぐれた才能が周囲より抜きん出て、表に現れることを意味するようになりました。
平原君は毛遂の言葉を認め、二十人目として楚へ同行させました。ほかの十九人は、初め毛遂を目で笑いましたが、楚へ着くまでに議論を交わすと、全員がその力量に敬服しました。
楚では、平原君が日の出から正午まで合従の利害を説いても、盟約は決まりませんでした。すると毛遂は、剣に手をかけて階段を上り、楚王の前へ進み出ました。
毛遂は、秦に対抗する同盟は趙のためだけでなく、楚自身を守るためにも必要だと力強く説きました。そして、楚王に盟約を決断させ、血を用いる誓いの儀式を行って、趙と楚との合従を成立させました。
趙へ帰った平原君は、毛遂が楚へ一度赴いただけで趙の立場を九鼎大呂(きゅうていたいりょ)ほど重くし、その三寸の舌は百万の軍よりも強かったとたたえました。毛遂は、この功績によって、平原君の最上位の客人となりました。
この故事では、毛遂が自ら機会を求め、その場で本当の力を示しています。そのため、「穎脱して出ず」は、単に自分を売り込むことではなく、非凡な才能は機会を得れば隠れたままではなく、自然に表へ現れることを表すようになりました。
日本では、『田氏家集(でんしかしゅう)』(891年ごろ成立、平安時代前期、島田忠臣著)に、「嚢錐穎脱」という形が使われています。池のぬれた葦(あし)が突き出る姿を、袋から錐が現れる様子に重ねた表現で、中国の故事が、平安時代の漢詩にすでに取り入れられていたことが分かります。
その後、日本語では「穎脱」が、才能が群を抜いてすぐれていることを表す言葉として定着しました。「穎を脱す」「嚢中の錐」「錐嚢中に処るが如し」も同じ故事から生まれた表現であり、いずれも、真にすぐれた才能はいつまでも隠れてはいないことを伝えています。
「穎脱して出ず」の使い方




「穎脱して出ず」の例文
- 無名だった彼女の小説が大賞に選ばれ、穎脱して出ずの言葉どおり、その文才が広く知られた。
- 新入社員は重要な会議で鋭い提案を示し、穎脱して出ずというべき力量を見せた。
- 普段は控えめな少年だったが、難題を鮮やかに解く姿は穎脱して出ずを思わせた。
- 小さな発表会でも彼女の演奏だけは際立ち、穎脱して出ずという言葉がふさわしかった。
- 長く補佐役を務めていた技師は新製品の開発を成功させ、穎脱して出ずの真価を示した。
- 才能は評判だけでは測れず、機会を得たときに穎脱して出ずということも少なくない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・小学館『デジタル大辞泉』。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前漢、紀元前91年ごろ成立。
・島田忠臣『田氏家集』891年ごろ成立。























