【ひ】からはじまることわざ

299語を掲載
贔屓の引き倒し贔屓にしすぎたことで、その人を不利にしてしまうことのたとえ。
引いて発たず勉強のやり方だけを教えて、あとは自分で考え習得させること。
日出でて作し、日入りて息う日が昇れば畑で働き、日が沈めば体を休める。
秀でて実らず学びの途中でやめたり、早逝して大成せずに終わることのたとえ。
火打ち石、据え石にならぬ小さなものでは大きなものの代わりにならないということ。
火打ち箱に煙硝入れて昼寝するとても危険なこと。
日陰の梨形が整っているが、内容が悪いもののこと。
日陰の豆も時が来ればはぜる日当たりの悪い場所で育った豆でも、時が来れば自然とさやからはじけ出るように、人間もたとえ成長が遅れていても、年頃になれば一人前になるということ。
光あるものは光あるものを友とす知恵のある人間は知恵のある人間を友とするということ。
光るほど鳴らぬ口うるさい人ほど性根が優しく温和であるということ。
引かれ者の小唄負けたり、失敗したにも関わらず、負け惜しみや強がりをいうことのたとえ。
日勘定では足らぬが月勘定では余る目先の損得だけ見ると損をしているようだが、長い目で見れば得をするということ。
非学者論に負けず学のないものに道理を説いても無駄であるということ。
日暈雨傘月暈日傘太陽に暈がかかると天気は下り坂になるから、雨傘の準備をしたほうがよい。
東雷雨降らず東のほうで雷のする時は雷鳴だけで雨になることはない。
東に近ければ西に遠いどちらに偏ることなく中立の立場であることは難しいということ。
東は東、西は西東洋と西洋の文化は根本から異なるということ。
干潟の鰯干潟に残された鰯のように、どうにもできないことのたとえ。
日が西から出るありえないことのたとえ。
飛蛾の火に赴くが如し自ら進んで危ないところに身を投ずること。
火が火を喚ぶ似たようなものが寄り集まるたとえ。
彼岸が来れば団子を思う大事なことを忘れて気楽なことばかり考えること、のんきな人をひやかしていう。
彼岸過ぎての麦の肥料、三十過ぎての男に意見時機を逸して効果がないこと。
飛脚に三里の灸勢いのあるものにさらに勢いをつけること。
比近説ばざれば修遠を務むる無かれ身近な存在を大切にしなければいけないということ。
低き所に水溜まる低い土地に水が流れ込むように、条件が整った場所に物事が集中するということ。
日暮れて道遠し年を取ってしまったのになすべきことがたくさんあって、目的に達するには程遠いことのたとえ。
日暮れて道を急ぐ無理難題をいうこと。
日暮れの山入り大抵の人がしないようなことをすること。
火消しの家にも火事人を戒める立場の者が、戒めた者と同じ過ちをおかすこと。
卑下も自慢の内過度な卑下は自慢と同じということ。
飛行機雲が立つ時は雨が近い飛行機が飛んだ後に飛行機雲が残ると雨が降りやすい。
瓢で藁打つ無理なこと。やり方が間違っていること。
瓢に浮き念入りにし過ぎて間が抜けていること。
庇を貸して母屋を取られる軒先だけと思って貸したのに中心部の建物まで占拠されるということで、一部を貸したために全体を取られるたとえ。
非細工の小刀減らし細工が下手なので、小刀をすりへらすばかりである。
膝頭で江戸へ行く骨を折るわりに遅々としてはかどらないこと。
膝っ子に目薬努力しても無駄なこと。
膝とも談合だれとでも相談すれば、それなりの成果はあるということ。
膝枕に頬杖美人の膝を枕に寝るのと、ぼんやり頰杖をついているのとでは大変な違いであるということ。
罷士は伍無く罷女は家無し疲れた兵士たちは隊列を組めず、道に反する女は家庭を持てない。
柄杓で海を換えるとうてい不可能なこと。
秘事は睫秘事や秘伝はまつげのようなもので、意外と手近なところにあるが気づかないだけだということ。
非常の人有りて非常の事有り非凡な才能を持つ人があらわれてこそ、常ならぬ大きな事が成し遂げられる。
聖も時に遇わず聖人であっても世に受け入れられず、不遇に終わることがあるということ。
翡翠は羽を以て自ら害わる自分が持つ長所が、かえって害を招くことになること。
日西山に薄る年老いて、死期が迫っていることのたとえ。
ひそかに諫めて公にほめよ注意する時は他の人のいない所で諫め、ほめる時は人前でほめると良い。
額に箭は立つとも背に箭は立たず額に矢を受けようとも背中に受けることはない。
左思いに右謗り左耳がかゆければ誰かから思われている証だし、右耳がかゆければ誰かから悪口を言われている証だということ。
左は勝手右は得手何でもうまくやれることのたとえ。
ひだるい時にまずい物なし空腹の時には、まずいと思う食べ物はなく、なんでもおいしく食べられるというたとえ。
日中すれば昃き、月盈つれば食く栄枯盛衰は世の習いで、栄えたものは衰えるものだということ。
飛鳥尽きて良弓蔵され、狡兎死して走狗烹らる事ある時に重用され、事がなくなると簡単に捨てられること。
飛鳥の摯つや其の首を俛す強い者は平生は穏やかそうにしているが、いざという瞬間には激しく襲い掛かる。
飛鳥人に依れば自ずから憐愛を加う空を飛ぶ鳥も人に懐いて寄ってくると、人も自然にその鳥を憐れみ愛するようになるが、それは人間同士でも同じだ。
匹夫罪なし、璧を懐けば其れ罪あり身分にふさわしくない財宝を手にいれたものは、災いを招くようになる。
匹夫も志を奪う可からずどんなにいやしい者でも志を持っていれば、どんな圧力をかけてもその志を変えさせることはできない。
羊虎を仮る外見ばかり立派で中身が伴わないこと。
羊の歩み死が近づいていることのたとえ。
未の時に晴るるは雨には蓑笠を脱ぐ午後二時頃に降り止んだ雨は、再び降ることは少ない。
羊の番に狼とても危ないこと。
必要は発明の母不足や不自由さ、不便さを克服したいといった必要性を感じるからこそ、いろいろな発明がなされる。
火で火は消えぬ火を火で消そうとしても消せないように、力に力で対抗しても、争いが激化するばかりで治まらないということ。
日照りに不作なし日照りが続く年は部分的には干害はあるが、全体から見れば米の収穫は平年より豊作であることをいう。
日照りの朝曇り朝曇っていると日照りになることが多い。
日照りの高木履不似合いな様子のたとえ。
人垢は身に付かぬ他人から奪い取った物は、最終的に自分から離れてしまうということ。
人ある中に人なし大勢の人がいるが、真に役に立つ人物はなかなかいない。
人焉んぞ廋さんや本性や本音を隠そうとも、隠し通すことはできない。
人至って賢ければ友なしあまりに賢いと他人から敬遠されて孤立してしまうということ。
一浦違えば七浦違う一つの漁村が不漁のときには、近くの村も影響を受け同じように不漁だということ。
人衆ければ天に勝つ人が多勢を頼んで勢いに乗っているときは、天が示す道理に逆らっても一時的にはそれが通るということ。
人各能あり不能あり人にはそれぞれ長所と短所、得手不得手があるということ。
人必ず自ら侮りて然る後に人之を侮る自分で自分を尊重しないで軽んずれば、必ず人からも侮られるようになる。
人食い馬にも合い口乱暴者にも頭の上がらない相手や気が合う者がいる。
人屑と縄屑は余らぬ縄の切れ端でも何かの役に立つように、役に立たなそうな人間でも使い道があるということ。
一口物に頰を焼くわずかな食物を食べて口の中をやけどする。
人肥えたるが故に貴からず人間の価値は、外見ではなく見識や徳など内面で決まるということ。
人こそ人の鏡他人の言うことややることは、鏡のようなものなので、自分を反省するお手本にしようということ。
人盛んにして神祟らず人の運勢が盛んな時は、神仏でもさまたげることが出来ないということ。
人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む飲酒は、少量のときは自制できるが、杯を重ねるごとに乱れ、最後には正気を失ってしまうということ。
一筋の矢は折るべし、十筋の矢は折り難し一人の力は弱くても、大勢が力を合わせ団結すれば大きな力になるということ。
人その子の悪を知ることなし自分の子どもがかわいいあまり、子供の欠点や悪事がわからないということ。
一つ姉は買うて持て一歳上の姉さん女房は、所帯のやり繰りがうまいから、お金を払ってでも妻にするとよいということ。
一つよければまた二つ人間の欲望には限りがないということ。
人と入れ物は有り合わせ人と入れ物は多いほうが便利だが、少なくてもうまく使えばなんとかなるものだということ。
一時違えば三里の遅れ少しの間でもぐずぐずしていると、大きな遅れになってしまうということ。
人と煙草の善し悪しは煙となって世に知る煙草の善し悪しは煙になって初めてわかるように、人の善し悪しは死んで焼かれて煙になって初めてわかるということ。
人と屏風は直ぐには立たず屏風は折り曲げなければ立てられないが、人も正義を主張したり、正直さを守るだけでは世渡りは困難だということ。
人捕る亀が人に捕られる人に害を与えると、自分も人から害を与えられるということ。
人通りに草生えず人通りが多い所には草が生えないということ。
人に受くる者は人を畏れ、人に矛うる者は人に驕る人から恩恵を受けると卑屈になり、恩恵を施すとおごり高ぶることになる。
人に勝たんと欲する者は、必ず先ず自ら勝つ人に勝とうと思うなら、まず自分自身の心に打ち勝つ必要があるということ。
人に三怨有り人は恨みや妬みをかう原因が三つあるということ。
人にして古今に通ぜずんば馬牛にして襟裾するなり学問を身につけて初めて人間としての価値が生じるということ。
人に千日の好無く、花に百日の紅無し人の幸運は長く続くことはないということ。
人に善言を与うるは布帛よりも煖かなり人と入れ物は多いほうが便利だが、少なくてもうまく使えばなんとかなるものだということ。
人に事うるを知る者にして然る後に以て人を使うべし他人に使われてみないと人に使われる苦労がわからないから、人をうまく使うことができない。
人に七癖我が身に八癖どんな人にも七つは癖があって他人の癖は多く感じられるものだが、自分はもっと多くの癖があると思うべきだということ。
人には飽かぬが病に飽く長わずらいの病人が、看病する人や周囲の人から嫌がられることをいう言葉。
人に一癖どんな人にも癖が一つはあるものだということ。
人に施しては慎みて念うこと勿れ他人に与えた恩恵のことは、恩着せがましくならないように忘れるよう心がけよということ。
人に因りて事を為す他人に頼って事を行うこと。
人の過ち我が幸せ他人の失敗は自分にとっては幸せなのだということ。
人の意見は四十まで意見して効果があるのは四十歳までだということ。
人の痛いのは三年でも辛抱する他人の苦痛は自分とは関係がないから平気だということ。
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し重い荷を背負って長い道のりを歩み続けるように、人生は苦労の連続なので忍耐が大切ということ。
人の一寸我が一尺人の欠点は些細なことでも目につくが、自分の欠点はどんなに大きくても気がつかないというたとえ。
人の命は万宝の第一人の命は、この世に存在する多くの宝よりも大切であるということ。
人の上に吹く風は我が身にあたる他人に起きたことは、いずれ自分の身にも起こりうるから他人事と思ってはいけないということ。
人の患いは好みて人の師と為るに在り人の欠点の一つは、好んで他人の師となりたがることである。
人の噂も七十五日世間の噂はいつまでも続かず、しばらくすると忘れられてしまうものだということ。
人の噂を言うのは鴨の味がする人の噂をするのは楽しく、おいしい鴨肉を食べるようだということ。
人の踊る時は踊れみんなが何かする時には、自分も一緒にやるほうがよいということ。
人の己を知らざるを患えず自分の価値や能力を認めて貰いたいのであれば、まずは自分の周囲にいる優れた人物の価値を認めるべきだということ。
人の口に戸は立てられぬ世間の噂は防ぎきれない。
人の苦楽は壁一重壁一つ隔てただけで隣の家の様子がわからないように、他人の苦しみや楽しみは、どんなに切実でも他人事で自分とは無関係だということ。
人の心は九分十分壁一つ隔てただけで隣の家の様子がわからないように、他人の苦しみや楽しみは、どんなに切実でも他人事で自分とは無関係だということ。
人の事は我の事他人事だと思っていることが、いつ自分の身に降りかかるかわからないということ。
人の事より我が事人の世話を焼くより、まず自分の事をしっかりせよということ。
人の子の死んだより我が子の転けた人の世話を焼くより、まず自分の事をしっかりせよということ。
人の牛蒡で法事する人の世話を焼くより、まず自分の事をしっかりせよということ。
人の七難より我が十難人の欠点は些細なことでも気が付くが、自分の欠点は簡単には気が付かないということ。
人の小過を責めず他人の小さな失敗を責め立てると、その人から憎まれ災いを招くことになるからしない方がよいということ。
人の十難より我が一難人の身に降りかかる多くの災難より、自分の身に降りかかる小さな災難のほうが大ごとだということ。
人の背中は見ゆれど我が背中は見えぬ他人のことはよくわかるが、自分のことは気付きにくいものだということ。
人の疝気を頭痛に病む自分には関係のないことで、いらぬ心配をすることのたとえ。
人の善悪は針を袋に入れたるが如し針を袋に入れると、針が袋を突き通して外に出るように、善人悪人の区別は、隠しても自ずと表に現われるものである。
人の空言は我が空言人の話を受け売りしてほかの人に話すと、もしその話が嘘だった場合、自分が嘘をついたことになる。
人の太刀で功名する人の物を使って手柄や利益を得ること。
人の頼まぬ経を読む頼まれもしないのによけいなことをするたとえ。
人の短を道うこと無かれ、己の長を説くこと無かれ他人の短所を批判してはいけない。
人の情けは身の仇、人の辛きは身の宝情けをかけてもらうと、それに甘えてしまい自分のためにならず、人から無情な仕打ちを受けると、むごいと感じても将来的に自分のためになるということ。
人の情けは世にある時人が好意を示してくれるのは、栄えている間だけで、落ち目になると見向きもされなくなるということ。
人の女房と枯れ木の枝ぶりどうでもいいことのたとえ。
人の不幸は蜜の味人の不幸を外野から見ているのは気持ちの良いことだ。
人の振り見て我が振り直せ他人の行いの善し悪しを見て参考にすることで、自分の行いを見直し欠点を改めるように心がけると良いというたとえ。
人の褌で相撲を取る他人のものを使って、自分の利益を得ることのたとえ。
人の耳は壁につき眼は天に懸かる隠し事はどこかで誰かが見聞きしているもので、世間に知れ渡ってしまうものだ。
人の物より自分の物どんなに良くても人の持ち物は自分の思う通りにならず、劣っているものでも自分の物のほうがよいということ。
人の悪きは我が悪きなり自分に対して人が悪い態度を取るのは、自分のその人に対する態度が良くないからだということ。
人は石垣、人は城人は国を守る石垣や城のように大事で、国を守る根本は人であるということ。
人は一代名は末代人の体は一代限りで滅びるが、名声は何代も生き続けるという意味。
人は言わぬが我言うな秘密は、他人がもらさなくてもうっかり自分でもらしてしまうものだから、口を滑らさないように気をつけよという意味。
人は落ち目が大事人が落ちぶれた時こそ、援助や励ましを与えてやらなければいけないということ。
人は陰が大事人間は他人が見ていない時でも、行動を慎むことが大事だということ。
人は故郷を離れて貴し生まれ育った故郷では家柄や生い立ちが知られているから、ずば抜けて優れた人でも貴ばれない。
人は心が百貫目人間は見た目よりも心が美しい方が価値がある。
人は知れぬもの人間は外見だけでは本性はわからないということ。
人は十歳木は一丈人間は十歳、木は三メートルくらいになると、将来像の予想ができる。
人は足るを知らざるに苦しむ人間は外見だけでは本性はわからないということ。
人は情けの下で立つ人間は互いを思いやりながら生きてゆくものである。
人は盗人火は焼亡人を見たら盗人と思い、火を見たら火事と思って用心するべきだということ。
人は万物の霊人はいろんな生き物の中で最も優秀であるということ。
人はパンのみにて生くるものに非ず人は物質的な満足を得るだけではなく、精神的な支えがあることで、充実した生活を送ることができるというたとえ。
人は人中、田は田中人は多くの人間の中でもまれ鍛えられるべきで、田んぼは他の田んぼに囲まれていた方が収穫が多くて良い。
人は見かけによらぬもの人の本当の性格や能力は、見た目の印象や外見では判断できないことのたとえ。
人は眉目よりただ心人は外見の美しさよりも、心の美しさのほうが大事だということ。
人は冥加が大事人は神仏の恩恵を自覚して身を慎むべきだということ。
人は悪かれ我善かれ人は神仏の恩恵を自覚して身を慎むべきだということ。
人一盛り人生で盛んな時は、ほんの一時にすぎないということ。
人一たびにして之を能くすれば、己之を百たびす努力を重ねれば、どんな人でも目的を達成することができるという教え。
一村雨の雨宿りにわか雨を避けるために、知らない人と同じ場所で雨宿りするのも、深い因縁で結ばれているからだということ。
一人口は食えぬが二人口は食える結婚して二人で暮らせば節約できて家計をうまくやり繰りすることができ、無駄な出費が多くなりがちな一人暮らしよりも経済的だということ。
一人喧嘩はならぬ相手がいないと喧嘩はできないから、争いの相手になるような愚かな真似はするなということ。
一人子は国に憚る一人っ子は甘やかされて育ちわがままな性格になることが多く、人に嫌われがちであるということ。
独り自慢の褒め手なし自画自賛しているだけで、だれもほめてくれる人がいないこと。
独り任ずるの国は労して禍多し一人にすべての裁量を任せる政治は、その人がどれほど努力しても無駄骨になるだけでかえって災いが多いということ。
一人の文殊より三人のたくらだ優れた人物が一人で考えるより、愚か者でも三人で集まって考えたほうが良い考えが浮かぶということ。
一人娘と春の日はくれそうでくれぬ一人娘は、親が惜しんでなかなか嫁にやらないというたとえ。
独り善がりの人笑わせ自分ではよいと思っていることが、他の人にはばかばかしく感じられるということ。
人我に辛ければ、我また人に辛し誰かが自分に対して辛く当たれば、自分もそれに応じた態度をとるということ。
人を射んとせば先ず馬を射よ敵将を討ち取ろうと思ったら、まずその敵将の乗っている馬を射倒せということで、目標に直接ぶつからずに周囲から攻略するほうが効果的だという意味。
人を疑いては使う勿れ、人を使いては疑う勿れ信用できない人間を使ってはいけないし、一度信用して使ったからにはその人間を疑ってはいけない。
人を怨むより身を怨め他人の冷たい仕打ちを怨む前に、自分自身の言動に至らぬ点がなかったか反省せよということ。
人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり相手が賢いか愚かか見分けることができるものは知者で、自分のことをよく知り正しく評価することができるものは、知者より優れた明者だということ。
人を謗るは鴨の味他人の欠点を見つけて、あれこれ言って貶すことは気分の良いものだというたとえ。
人を叩いた夜は寝られぬ人に害を与えたものは良心の呵責から、害を与えられたものより苦しい思いをするということ。
人を恃むは自ら恃むに如かず人頼みであるよりも、努力して自分の力に頼った方が良いということ。
人を使うことは工の木を用うるが如くせよ大工が用途に応じて材木を選んで使うように、人を使う時は、その人の能力や特性に適した仕事や地位を与えるのが良いということ。
人を憎むは身を憎む人に対して憎しみを抱くと、いつか自分が人から憎しみを抱かれることになるということ。
人を呪わば穴二つ他人を呪い殺して墓穴に入れようとする者は、自分も同じ目に遭ってもう一つの墓穴に入るようになる。
人を謀れば人に謀らる人を陥れようとして計略をめぐらせば、いずれ自分も陥れられることになるということ。
人を見たら泥棒と思え他人は信用できないものなので、人は軽々しく信用しないで疑ってかかれというたとえ。
人を見て法を説け相手の性格や性質をよく見極めて、ふさわしい方法で言い聞かせる必要があるというたとえ。
人を以て鑑と為す他人のことば、あるいは行動に自分を当てはめて考え、間違った生き方をしないように慎むこと。
人を以て言を廃せずつまらない人間の意見でも、聞くべきところがあれば聞き流さずにしっかり聞く。
人を玩べば徳を喪い、物を玩べば志を喪う人を侮ると自分の徳を失うことになり、物に執着しすぎると道を求める志を失うことになる。
人を傷る者は己を傷る人に害を与える者は、いずれ自分も害を与えられるようになるということ。
鄙に都あり田舎にも、京の都のようににぎやかな場所や優美なところがあるということ。
火に近付けば渇き易く、水に近付けば潤い易し火に近づけば渇き、水に近づけば潤うように、人は近づくものに影響を受けるということ。
日に就り月に将む物事が日ごとに成り、月ごとに進歩するということ。
火の消えた回り灯篭どうしようもないこと。
火の無い所に煙は立たぬ噂が立つのには、何かしらの理由や事情があるものだというたとえ。
火は火で治まる疲れが極限に達すると、刑罰の効果がないということ。
日は夜を知らず、月は昼を知らず似ている働きをするものでも、どちらかがもう一方を兼ねることはできないということ。
火箸を持つも手を焼かぬため物事には、目的に適した手段があるということ。
疲馬は鞭箠を畏れず疲れが極限に達すると、刑罰の効果がないということ。
ヒバリが高く昇ると晴れひばりが高く飛ぶと晴れることが多い。
雲雀の口に鳴子よくしゃべること。
火吹竹の根は藪にありもとをたどってゆくと、物事のおおもとは思わぬ所にあるものだということ。
蚍蜉大樹を撼かす身のほどをわきまえず、大それたことを行うこと。
皮膚の見物事の表面的な部分だけを見て、その本質を見ようとしないこと。
紐と命は長いがよい長い紐は用途の幅が広く役に立つように、人間の寿命も長い方が良い。
百害あって一利なし悪いことばかりで良いことがひとつもないという意味。
百芸達して一心足らず多くの技芸に精通しているのに、その道に対する心構えにかけ大成しないということ。
百芸は一芸の精しきに如かず多くのことを器用にこなす人間よりも、一つの道に精通している人間の方が役に立つということ。
百尺竿頭に一歩を進む・すでに努力・工夫を尽くしたうえに、さらに尽力(じんりょく)すること。
百姓と油は絞る程出る油を絞るように農民からの年貢の取り立ては、絞れば絞るほど取れるということ。
百姓の去年物語農民は今年は去年より作柄が良くないといって、年貢の取り立てを軽くしようとするということ。
百姓の作り倒れ農民は、作り過ぎると値崩れしてかえって損をするということ。
百姓の万能農民は自給自足の暮らしをしているから、たいがいのことは自力でやる技能を持っているということ。
百姓の不作話と商人の損話百姓が今年は不作だったと嘆くのと、商人が損した損を嘆くのは口癖だから本気にしてはいけない。
百姓百層倍百姓が今年は不作だったと嘆くのと、商人が損した損を嘆くのは口癖だから本気にしてはいけない。
百丈の木に登って一丈の枝より落つる気が緩んだ時に失敗しやすいから気をつけよという戒め。
百星の明は一月の光に如かず取るに足らない人間がたくさん集まっても、一人の賢者の存在には遠く及ばないということ。
百川海に朝す利益のあるところには、自ずと多くの人が集まるということ。
百川海に学んで海に至るすべての川は海に流れ込み、最後には海に注ぐ。
百戦百勝は善の善なる者に非ず百戦百勝は悪いことではないが、戦わないで勝つことこそが最もよい策である。
百足の虫は死して倒れず助けてくれる人間が多い者や勢力が大きい者は、容易に滅びない。
百で買った馬のよう寝てばかりで働こうとしない者。
百日に百杯は盛れど一日には盛られず毎日少しずつ努力を重ねれば大きなことも成し遂げられるが、一日でやろうとしてもできない。
百日の説法屁一つ百日間もありがたい仏法を説いてきた僧が最後におならをしたためにぶち壊しになったということで、長い間の苦労がちょっとした失敗で無駄になるたとえ。
百日の労一日の楽百日間も働いたら、一日くらいゆっくり休養して楽しんだ方が良い。
百人殺さねば良医になれぬ医者はたくさんの患者の命を犠牲にして腕を磨かなければ、腕の良い医者になれないということ。
百年河清を俟ついつも黄土で濁っている黄河の水が清く澄むのを待ち望んでいても不可能であることから、いくら望んでも実現しないことのたとえ。
百年論定まる人や物に対する評価は、長い年月が過ぎてから定まるものだということ。
百様を知って一様を知らず幅広い知識があるが浅い知識ばかりで、深い知識が一つもないということ。
百里来た道は百里帰る自分のしたことには、必ずそれなりの報いがあるということ。
百里の海も一夫に飲ましむる能わずたくさんあっても役に立たないことがあるということ。
百里を行く者は九十里を半ばとす百里の行程を旅する時は最後になるほど苦しいので、九十里で半分と考えるくらいにしないと無事に到達できない。
百礼の会、酒に非ざれば行われず人が集まる会には酒がつきものだということ。
百貫の馬にも騺優秀な人にも欠点はあるということ。
百貫の鷹も放さねば知れぬ物や人の価値は、実際に使ってみてはじめてわかるということ。
檜山の火は檜より出でて檜を焼くどうしようもないこと。
冷や飯から湯気が立つありえないこと。
平仄が合わない話のつじつまがあっていないこと。
氷炭相愛すまったく性質が異なるものが互いに助け合うこと。
氷炭相容れず性質が正反対で合わないことのたとえ。
瓢箪から駒が出る思いがけないようなことがおこること。
瓢箪から駒も出でず現実はそう突拍子もないことは起きないということ。
瓢箪鯰とらえどころのないようす。
瓢簞に釣り鐘ひょうたんも釣り鐘もぶら下がってはいるが、大きさや重量では比較にならないことから、非常に違っていて比べものにならないたとえ。
瓢箪の川流れ浮かれていて落ち着きのないようすのたとえ。
氷炭は言わずして冷熱の質自ずから明らかなり優秀な者は自ずと人に知られるようになるものだということ。
豹は死して皮を留め、人は死して名を留む人は、死後に名声が語り継がれるように心がけるべきであるということ。
飄風は朝を終えず、驟雨は日を終えず自然界の変化が長く続かないように、不自然な出来事や生き方は長く続かないということ。
非力十倍欲力五倍力の弱い者でもいざという時には、いつもの十倍の力を発揮し、欲のためにはいつもの五倍の力を発揮するということ。
非理の前に道理なし道理が分からない人間に正しい道理を説いても通じず、話すだけ無駄だということ。
非理法権天天道に従って行動するのが最もよいということ。
飛竜雲に乗る賢者や英雄が、時を得て才能や実力を発揮すること。
昼には目あり夜には耳あり秘密は漏れやすいものだということ。
汎く衆を愛して仁に親しむ差別することなく広く人に愛情をもって接し、仁徳を身につけた人と親しく交際し、その感化を受けて修養するべきだということ。
博く学びて篤く志し切に問いて近く思う幅広くいろんなことを学び、志を堅固にして、疑問に思う点は理解を深めるまで問い、身近な問題に当てはめて考えるようにすることが大事だということ。
火を抱いて薪に措く危ない状況なのに、危険がまだ表面していないからと一時の安楽をむさぼること。
火を乞うは燧を取るに若かず人を当てにせず、自分で努力してやったほうが確実だということ。
火を避けて水に陥る一つの災難を逃れても、すぐまた別の災難に遭うことのたとえ。
火を失して池を鑿る前もって予防策を考えておかないで、事が大きくなってから慌てること。
火を吹く力も無いひどく貧しく、生計を立てることができないこと。
火を水に言いなす詭弁を弄して相手を言いくるめること。
火を見たら火事と思えどんなことでも警戒しすぎるくらい用心した方が良いということ。
火を以て火を救う害悪を取り除くためにしたことが、かえってそれを助長してしまうこと。
貧、骨に至るとても貧しいこと。
貧家には故人疎し人は勢いのあるところに寄ってくるが、貧しい人とは付き合おうとしないということ。
牝鶏晨す女性が権勢を振るうこと。
貧者に盛衰なし金持ちは零落することがあるが、貧しい人はもともと貧しいから零落する心配がないから気楽であるということ。
貧すれば鈍する貧しくなると生活に追われて、才知のあった人でもそれが発揮できなくなるということ。
貧賤に戚戚たらず、富貴に忻忻たらず貧賤や富貴に心をとらわれないということ。
貧僧の重ね斎飢えている者が一度に多くの食べ物にありつくこと。
貧の盗みに恋の歌貧しければ人の物を盗むようになり、恋をすれば歌を詠むようになるように、人は必要に迫られればどんなことでもすることのたとえ。
貧の花好き見分不相応なことをすること。
貧の楽は寝楽貧しい人にとって寝ることは、最高の楽しみであるということ。
貧は諸道の妨げ金がなければ何も自由にできない。
貧ほど辛いものはなし貧しい生活ほど辛いものはないということ。
比丘尼に笄不必要なこと。不似合いなこと。
比丘尼に髭出せ無理難題をいうこと。
美女は命を断つ斧美女の色香に溺れると、不摂生を招いて寿命を縮めたり身を滅ぼしたりすることになるので、美女は男の寿命を縮め、身を滅ぼす恐ろしい凶器であるということ。
美女は醜婦の仇美しい女性はみにくい女性にとってかたきであるということ。
美女は生を断つ斧美人の色香におぼれると不摂生を招き寿命を縮めて、身の破滅につながることになる。
美人に年なし美しい人は何歳になっても若く美しいということ。
美人の終わりは猿になる美しい人は年老いると、普通の人より醜く見えるということ。
美人は言わねど隠れなし美人は自分から言いふらさなくても、世の中にその美しさが知られるようになるということ。
美中に刺あり美しい花にはとげがある。
美疢は悪石に如かず甘やかすより厳しく鍛えるべきだということ。
美味も喉三寸おいしい食べ物でも、おいしいと感じるのは喉を通るわずかな間のことで、腹に入ってしまえばまずいものと変わらない。
枇杷が黄色くなると医者が忙しくなる夏になると病人が増えるということ。
頻伽羅は卵の中にありて声衆鳥に勝るいつか大成する人は、幼少期から人より優れているところがあるということ。
鬢糸茶烟の感若い時に遊びに夢中になっていたものが、年老いてから閑静な生活を送りながら青春の日々を偲ぶ心境をいう。
貧乏柿の核沢山貧乏人はたいてい子どもが多いということ。
貧乏怖いものなし貧乏人は失うものがないから、怖いものがないということ。
貧乏するほど楽をする金持ちは財産を持ち心配や気苦労が多いが、貧乏人はそういうことが少なく気楽であるということ。
貧乏難儀は時の回り貧乏したり苦労したりするのは、自分のせいではなく時のめぐり合わせだから悲観することはないということ。
貧乏に花咲くずっと貧乏なままではなく、いずれ豊かになって栄えるということ。
貧乏人の子沢山貧乏人にかぎって子供が多いということ。
貧乏人も三年置けば用に立つつまらない物でも、いずれ役に立つときがくる。
貧乏は達者の基貧しい生活をしていると、せっせと働き贅沢しないので健康を保てるということ。
貧乏暇なし暮らしに追われている貧乏人は仕事以外の生活を楽しむ余裕がなく、忙しい毎日を送っているということ。
ビードロを逆さまに吊るす美人の形容。



-298x300.png)















