【う】からはじまることわざ

122語を掲載
有為転変は世の習いこの世のすべてのものは、とどまることなく移り変わっていくものだということ。
憂いも辛いも食うての上気が晴れない、つらいなどと不平を言えるのも、食べ物に困らない生活があってこそのこと。
飢えたる犬は棒を恐れず困窮している者は、危険を冒すことを恐れないというたとえ。
飢えては食を択ばずひどく飢えているときは、食べ物を選り好みする余裕がなく、何でも食べるということ。
飢えに臨みて苗を植うる如し飢えてから苗を植えても食べ物はすぐ得られないように、必要に迫られてから準備を始めても手遅れで役に立たないことのたとえ。
上には上がある最高にすぐれていると思っても、さらにすぐれたものがあるということ。
上見ぬ鷲おごりたかぶって何も恐れず、だれにも遠慮しないように振る舞う人や態度のたとえ。
上を下へ返すごった返し混乱するさまをいう。
魚心あれば水心相手が好意を示せば、自分も相手に好意を示す気になること。
魚の木に登るが如し本来いるべき場所を離れたために、力を発揮できず、どうすることもできないことのたとえ。
魚の水を離れたよう頼みとする唯一のものを失い、能力を十分に発揮できなくなることのたとえ。
魚の目に水見えず、人の目に空見えず身近にあり、自分に深く関わっているものほど、かえってその存在や価値に気づきにくいことのたとえ。
魚は鯛魚の中では鯛が最も上等であるように、その類の中でいちばん優れたもののたとえ。
うかうか三十きょろきょろ四十三十代をむなしく過ごし、四十代になってあわてること。
浮き沈み七度長い人生には、よい時期も悪い時期もあり、それを何度も繰り返すということ。
浮世の苦楽は壁一重この世の苦しみと楽しみはすぐ隣り合わせで、絶えず移り変わるものだということ。
浮世は衣装七分世の中では、人の中身だけでなく、服装や見た目によって評価が左右されやすいということ。
浮世は牛の小車この世では、つらく苦しいことや、その報いがめぐってくるというたとえ。
浮世は夢人生はたちまち過ぎ去り、夢のようにはかないというたとえ。
浮世渡らば豆腐で渡れ世の中をうまく渡っていくには、けじめをきちんとつけながら、内面にはやさしさと柔軟さを持つべきだというたとえ。
鶯の早く鳴く年は豊年鶯が例年より早く鳴き始める年は、穀物がよく実り、豊作になるという言い伝え。
雨後の筍雨が降ったあとに筍が次々と出るように、物事が相次いで現れたり起こったりすることのたとえ。
兎の登り坂得意な分野や有利な条件のもとで持ち前の力を発揮し、物事が早く順調に進むことのたとえ。
兎の罠に狐がかかる予想していた以上の収穫や、思いがけない幸運を得ることのたとえ。
兎も七日なぶれば噛み付くどれほどおとなしい人でも、何度もいじめられたり辱められたりすれば、ついには怒って反抗するというたとえ。
牛売って牛にならず見通しを立てずに品物を売って買い替えようとすると、かえって損をすることのたとえ。
牛追い牛に追わる物事がさかさまになり、本来の立場や役目が逆になることのたとえ。
牛に経文いくら説き聞かせても、まったく効き目がないことのたとえ。
牛に引かれて善光寺参り思ってもいなかった出来事や他人の誘いがきっかけとなり、思いがけずよい方向へ導かれることのたとえ。
牛の歩みも千里歩みの遅い牛でも、地道に進めば千里先まで行けることから、たゆまず努めれば成果が現れることのたとえ。
牛の一散ふだんはぐずぐずしている人が、深く考えず、急にむやみにはやり進むことのたとえ。
牛の小便と親の意見は長くても効かぬ牛の小便は長くて、肥料としての効き目が少ないように、親の意見も長いばかりでは子に届きにくく、効果が少ないことのたとえ。
牛の角を蜂が刺す牛の角を蜂が刺しても牛が痛くもかゆくも感じないように、物事に対してなんとも感じないことのたとえ。
牛は牛連れ、馬は馬連れ同じような性質のものは自然に集まりやすいこと。
牛も千里、馬も千里早い遅い、上手下手の違いはあっても、同じ目標へ進み続ければ、結局は同じ所に到達するというたとえ。
後ろ千両前一文後ろ姿は美しいが、正面から見ると容貌が美しくない女性を形容する言葉。
後ろに目無し人には見落としや気づかないことがあり、何もかも一人で見通すことはできないというたとえ。
後ろの目、壁に耳自分が気づかない間にも他人が見たり聞いたりしているため、隠し事や悪事は世間に知れやすく、隠し通せないというたとえ。
後ろ坊主の前角鬘後ろ姿は見栄えがしないが、正面から見ると美しいことのたとえ。
牛を馬に乗り換える劣ったほうや不利なほうをやめ、優れたほう、自分にとって都合のよいほうへ移ることのたとえ。
右次左次物言わず甲とも乙とも言わず、あれこれ文句を言わないこと。
氏無くして玉の輿女性は家柄が高くなくても、器量や運によって富貴な人の妻となり、高い身分を得ることがあるというたとえ。
蛆虫も一代どのような暮らしをしても、一生は一生であるということ。
氏より育ち家柄や身分のよさよりも、育った環境や受けた教育・しつけのほうが、人柄や行動に大きな影響を与えるということ。
臼から杵女性から男性に言い寄ること。
失せたる針をば債らぬもの人に貸した物をなくされても、無理に返還を迫るものではないという戒め。
嘘から出た実嘘のつもりで言ったことが、思いがけず本当になること。
嘘つきは泥棒の始まり平気で嘘をつく者は、やがて盗みも平気でするようになるという戒め。
嘘と坊主の頭は結ったことがないこれまで一度も嘘をついたことがないということ。
嘘にも種がいるどんな物事にも、成り立たせるための元手や準備が必要だということ。
嘘も方便嘘は悪いことだが、よい結果を得るための手段として、時には必要になることもあるということ。
嘘を言うと閻魔様に舌を抜かれる嘘をつくと、死後に地獄で閻魔様に舌を抜かれるという言い伝えから、嘘をついてはいけないと戒めること。
嘘を言えば地獄へ行く嘘をつくことは、とても悪いことだとして戒める言葉。
歌は世につれ世は歌につれ歌は時代の流れに応じて変わり、世の中のありさまもまた、流行する歌に影響されるということ。
打たれても親の杖親の杖で打たれたも、親の子への慈愛の心があるからありがたいものだということ。
内閻魔の外恵比須家の中ではいかめしい顔をして威張るのに、外ではにこやかで愛想がよい人のたとえ。
内で掃除せぬ馬は外で毛を振る家庭でのしつけや日ごろの習慣がよくないと、外での振る舞いに出てすぐ分かるというたとえ。
内で蛤、外では蜆家の中では大きな顔をしているが、外では気が小さくなり、おとなしくしていることのたとえ。
内の米の飯より隣の麦飯自分のものより、他人のもののほうが何でもよく見え、うらやましく思われるということ。
家の中の盗人は捕まらぬ身近なことほど、かえって気づきにくく、見落としやすいということ。
家の前の痩せ犬自分には力がないのに、後ろ盾があると強がる人のたとえ。
内裸でも外錦内実がどれほど苦しくても、外では立派に見せ、世間体を整えなければならないというたとえ。
内広がりの外すぼり家や仲間内では威張るが、外へ出ると意気地がなくなること。
内弁慶の外地蔵家の中では威張るが、外へ出ると気が小さく、おとなしくなること。
打つも撫でるも親の恩親が子を叱って打つことも、ほめて撫でることも、すべて子を思う愛情の表れだということ。
移れば変わる世の習い時がたつにつれて、社会も人も物事も変化していくのは世の常だということ。
独活の大木体ばかり大きくて、役に立たない人のたとえ。
鰻は滑っても一代鯊は跳んでも一代境遇や暮らしぶりが違っても、一生は一生であるということ。
自惚れと瘡気の無い者はない人前では隠していても、だれでも内心には多少の自惚れを持っているものだということ。
鵜の真似をする烏自分の能力や身の程を考えずに人のまねをして、失敗することのたとえ。
産屋の風邪は一生つく赤ん坊のころに風邪をひかせると一生風邪をひきやすくなるという言い伝えから、幼いころについた癖は直りにくいということ。
旨い事は二度考えよあまりにも都合のよい話には、危険や裏がひそんでいることがあるので、すぐに飛びつかず、よく考えてから行動せよという戒め。
旨い物食わす人に油断すな人の歓心を買おうとしてごちそうをする者には、何か下心があることが多いので、気を許してはいけないという戒め。
旨い物は小人数おいしいものは少ない人数で食べるほうが、一人分の取り分が多くてよいということ。
旨い物は腹にたまるおいしい物はつい食べ過ぎて、腹にもたれやすい。
旨い物は宵に食えうまい食べ物は味が落ちる前に早く食べるのがよい、転じて、利益になることは事情が変わらないうちに早く手に入れたほうがよいというたとえ。
馬から落ちて落馬する同じ意味の言葉を、重なっていることに気づかず続けて言うことをからかう言い方。
馬に乗るとも口車に乗るなうまい話や巧みな言葉にうっかり乗ると、だまされてひどい目にあうため、軽々しく信じてはならないという戒め。
馬に乗るまでは牛に乗れ高い地位や大きな目標に進むには、その前に低い段階で力をつけなければならないということ。
馬には乗ってみよ人には添うてみよ馬のよしあしは乗ってみなければ分からず、人柄のよしあしも親しくつきあってみなければ分からない。
馬の耳に風人の話や忠告を聞いても、少しも心を動かさず、聞き流すことのたとえ。
馬の耳に念仏馬にありがたい念仏を聞かせてもむだであることから、いくら意見や道理を説いても、少しも効き目がないことのたとえ。
馬は馬方物事は、その道の専門家に任せるのがよいということ。
馬も買わずに鞍を買う物事の順序や段取りが反対になっていることのたとえ。
馬持たずに馬貸すな物の扱い方を知らない人に、物を貸してはいけないという戒め。
生まれた後の早め薬時機に遅れて、もう役に立たないことのたとえ。
生まれながらの長老なし生まれたときから、すぐれた経験や学識を備え、人に尊敬される人はいない。
生まれぬ先の襁褓定め物事がまだ実現していないうちから、準備や手配を早くしすぎて大げさになることのたとえ。
馬を牛と言う権威や勢いを利用して、明らかな誤りを無理に押し通すことのたとえ。
馬を牛に乗り換える速い馬からのろい牛に乗り換えるように、すぐれたものを捨てて、劣ったものに取り換えることのたとえ。
馬を得て鞭を失う一方を得たかわりに、もう一方を失うことのたとえ。
馬を買わんと欲してまず牛を問う高価な物や相場の分からない物を買うときは、まず身近で値段を知りやすい物について尋ね、その店の掛け値や値段のつけ方を知るのがよいという教え。
馬を水辺につれていけても、水を飲ませることはできない人に機会や助言を与えることはできても、本人がその気になって行動するかどうかまでは強制できない、というたとえ。
海魚腹から川魚背から魚をさばくとき、海の魚は腹から、川の魚は背から割くのがよいということ。
海に千年河に千年世の中で多くの経験を積み、物事の裏表まで知り抜いていて、ずるがしこいこと。
海に千年山に千年世の中の経験を十分に積み、物事の裏表に通じて、ずる賢くなっていること。
生みの親より育ての親自分を生んだ親よりも、実際に養い育ててくれた親のほうに、深い恩や愛情を感じるということ。
海の物とも山の物ともつかぬ物事の正体や素性がはっきりせず、将来どうなるか見当がつかないこと。
梅に鶯取り合わせのよい二つのもののたとえ。
埋もれ木に花が咲く長い間、不遇や逆境にあった人に、思いがけない幸運が訪れることのたとえ。
裏には裏がある世間の事柄や人の心は複雑で、表面だけを見ても真相をつかめないこと。
怨みほど恩を思え恨みをなかなか忘れないのと同じように、人から受けた恩も忘れずに心に留めよという教え。
売られた喧嘩は買わねばならぬ自分に害が及びそうなときは、黙って受けるのではなく、身を守るために対抗しなければならないというたとえ。
売り家と唐様で書く三代目初代が苦労して築いた財産も、三代目が遊芸にふけって家業をおろそかにすると、ついには家まで売るほど没落するという戒め。
売り言葉に買い言葉相手の挑発的な言葉や暴言に対して、こちらも負けずに同じような強い調子で言い返すこと。
売り出し三年商売を始めた初めの三年間は利益が少なく苦しいが、辛抱して続ければ、やがて基礎と信用ができて軌道に乗るという教え。
瓜に爪あり爪に爪なしよく似た「瓜」と「爪」の字形の違いを覚えるための言葉。
瓜の皮は大名に剝かせよ、柿の皮は乞食に剝かせよ瓜の皮は厚くむき、柿の皮は薄くむくのがよいという教え。
瓜の蔓に茄子はならぬある原因からは、それに応じた結果しか生じず、子は親の性質を受け継いで似るものだというたとえ。
売り物には花を飾れ売ろうとする品物は、できるだけ美しく整え、見栄えよくして客の関心を引くべきだということ。
漆は剝げても生地は剝げぬ表面を飾るものが失われても、人が生まれながらにもつ素質や性格は変わらないというたとえ。
うろこ雲は雨うろこ雲が現れると、やがて雨になりやすいという天気の言い伝え。
烏鷺の争い囲碁で勝負を争うこと。
浮気と乞食は止められぬ浮気も乞食も、一度その味を覚えるとやめにくいことから、身についた悪い習慣はなかなか改められないというたとえ。
噂をすれば影がさす人の噂をしていると、不思議にその当人が姿を現すことのたとえ。
ウンカのもちつきは雨ウンカなどの小さな虫が群れを作り、上下に飛び交うのは、雨が降る前触れだということ。
運根鈍成功するには、幸運に恵まれること、根気よく努力を続けること、鈍いほど粘り強く取り組むことが必要だというたとえ。
生んだ子より抱いた子自分が生んでも育てなかった実の子より、他人の子であっても幼いころから育てた子のほうがかわいく思われるということ。
膿んだものは潰せ災いや害のもとになるものは、放置せず、思い切って根本から取り除くべきだというたとえ。
運は天に在り人の運命や物事の成否は天命によるもので、人の力だけではどうすることもできないということ。
運を待つは死を待つに等し努力をせず、ただ幸運が訪れるのを待つことは、自らの破滅を待つのと同じだということ。
泥鰌の地団駄自分の力量を考えず、強者に立ち向かっていくこと。



-298x300.png)















