【せ】からはじまることわざ

158語を掲載
性相近し習い相遠し人間の生まれつきの性質に大差はないが、その後の環境によって大きな差がでる。
井蛙の見広い世間を知らず、自分だけの狭い見識にとらわれていること。
井蛙は以て海を語るべからず見識が狭いものには、広い世の道理は理解できないということ。
生ある者は死あり生きている者には必ず死ぬ瞬間が来る。
青雲の志立身出世して高位高官の地位に昇ろうとする大きな志のこと。
青雲の交わり立身出世の志をいだいた者同士の交わり。
正鵠を失わず的を外さないこと。
青山骨を埋むべし草木が青く生い茂る山は、自分の骨を埋めるにふさわしい。
西施江を愛し嫫母鏡を棄つ人は自分の長所は得意がり、短所は目を閉じ見ないようにするものだということ。
西施にも醜なる所有り完璧な人間などいないし、取り柄のないものもいない。
精神一到何事か成らざらん精神を一つのことに集中して全力を尽くせば、何事でも成し遂げられるという意味。
成事は説かず過去のことはとやかく言わないということ。
聖人に夢無し聖人は悟りの境地にあって煩悩に煩わされることがないため、ぐっすり眠り夢は見ない。
聖人は尺璧を貴ばずして寸陰を重んず時間の大切さをいうことば。
清濁併せ呑む度量が大きいことをいう。
成竹を胸中に得胸の内で計画を立て、十分な成功する見込みがあること。
井中星を視れば視るところ数星に過ぎず狭い見識で全体を正しく判断することはできない。
急いては事を仕損じる何事もあわててやると失敗することが多いので、落ち着いて行動しようということ。
青天の霹靂予想しなかったようなことが、急におこること。
盛徳の士は乱世に疏んぜらる世が乱れると道徳観念も乱れ、立派な徳のある人は遠ざけられる。
性に率う、之を道と謂う天に与えられた性質に従い行動することを道というということ。
盛年重ねて来らず若い盛りの時は二度とはやってこないので、無駄にせず勉学に励むべきだということ。
生年百に満たざるに、常に千歳の憂いを懐く余計なことまで不安に感じて過ごすのは愚かだということ。
生は難く死は易し苦しみに耐えて生きるのは、苦しみに耐えられず死を選ぶよりもむずかしい。
生は寄なり死は帰なり人間はかりそめに、この世に身を寄せて生きているにすぎず、死ぬことは本来いた場所に帰ることである。
性は猶湍水のごとし人間の本性は、善にも悪にもなるということ
清風故人来る秋になって涼しい風が吹くのは、旧友が訪ねてきてくれたように心地よいということ。
青蠅白を染む小人物が清廉潔白な君子を中傷し陥れようとすること。
成立の難きは天に升るが如し成功させるのは天に昇るように難しいということ。
声涙倶に下る感極まり涙ながらに話すさま。
生を重んずれば則ち利を軽んず命を大事に思うなら、命を害しやすい利益を得ようとする欲求を軽く見て後回しにする。
生を偸む死ぬべき命を死なずにながらえて生きる。
生を視ること死の如し生死を超越し、天命に従い心を苦しめない。
堰かれて募る恋の情誰かに恋をする思いは、他人から邪魔をされるとますます激しくなるものであるということ。
積悪の家には必ず余殃あり悪事が積もり積もると、その家では報いを受けて、必ず災いが子孫にまで及ぶということ。
尺蚓堤を穿てば能く一邑を漂わす少しの油断が大事につながること。
積羽舟を沈む瑣末なことでも積み重なると大きなことを引き起こす。
赤手を以て江河を障う不可能なこと。自分一人の力で大きなことをすること。
赤心を推して人の腹中に置く人には真心で接し、相手のことを信じかけらも疑わないこと。
石上に五穀を生ぜず物事が生じるのは、それに適した条件が必要だということ。
積善の家には必ず余慶あり何代にもわたって善行を積み重ねた家は、その報いとして子孫によい事があるという意味。
石鼠五能一技を成さず多芸だが、どれも特別秀でているわけではないこと。
積土山を成す小さな努力の積み重ねで大きなことを成し遂げることができる。
跖の狗尭に吠ゆ是非善悪を問わず主に忠義を尽くすということ。
咳払いも男の法咳払いは自分の存在を知らせたり威厳を示すのも、男性の世渡りに必要なテクニックの一つであるということ。
赤貧洗うが如しとてもまずしいこと。
鶺鴒原に在り、兄弟難を急にす兄弟間に急な困難があれば、協力し助け合うべきだということ。
世間知らずの高枕世の中のことにうとく、のんきに暮らしていること。
世間は張物世渡りには、ある程度の見栄も必要だということ。
世間は広いようで狭い思いがけない場所で知っている人に会ったり、誰もいないからとしたことを知っている人に見られていたように、世間は広いようで意外と狭いものだということ。
世故に長ける世間の事情をよく知り、世渡りがうまい。
世人交わりを結ぶに黄金を須う世の人は、人付き合いするのに金銭の力を基準にするということ。
世帯仏法腹念仏僧が仏法を説くのも念仏を唱えるのも、生活のためにするものであるということ。
切匙で腹を切る不可能なこと。
尺蠖の屈するは伸びんがため将来の成功のために一時の不遇に耐えることのたとえ。
石火光中此の身を寄す人の一生は短くはかない。
節季の風邪は買ってもひけ盆や年末の多忙な時期に病気だと堂々と休むことができるから、金を出して買ってでも風邪をひいた方が良いということ。
積毀骨を銷す人々の言う悪口の恐ろしさをいう。
節供倒しは薬礼になるみなが仕事を休む時は休むのが良い。
節制は最良の薬日頃から健康を害することは慎み健康に気を配るのが、一番の健康法だ。
雪駄の裏に灸雪駄の裏に灸をすえれば、長座する客が早く帰るというおまじない。
雪駄の土用干し反返って威張っているものをからかうことば。
雪中の松柏志や節操が固いこと。
雪隠で饅頭こっそり自分だけよい思いをすること。
雪隠の錠前咳払いをすること。
雪上霜を加う災いが重なって起きること。
雪泥の鴻爪人がしたことや世間の出来事のはかなさをいう。
切ない時の神頼み信仰心のない人が、困ったことが起きて苦境に立たされると神仏に助けを祈り求めるということ。
せつない時は親苦しくなった時、頼りにするのは親であるということ。
拙を守る不器用な自分の生き方を自覚し、目先の利に走らず愚直に生きること。
背中に眼はない他人が陰で働く悪事までは気がつかないこと。
背に腹は代えられぬ大切なものを守るためには、ほかのものを犠牲にするのもやむをえないというたとえ。
瀬のわきは渦順調なときには油断してしまいがちなので気をつけよという戒め。
狭家の長刀自由にならず実力を発揮しきれないこと。
狭き門より入れ神の救いを得るには、狭い門や細い道を通るような努力が必要であることから、安易な方法を避け、苦しくても最善の方法を選ぶべきだという意味で用いる。
蝉は七日の寿命人の命がはかないこと。
蝉雪を知らず識見が狭いこと。
瀬を踏んで淵を知る慎重に前もって危険がないか試すこと。
川淵深くして魚鼈之に帰し、山林茂れば禽獣之に帰す善政が行われるところには自然と人々が集まるということ。
千貫のかたに編笠一蓋千貫という多額の貸し金に対する抵当がわずかであること。
千鈞の重きを鳥卵の上に垂る強い力を加え押しつぶすこと。
千金の裘は一狐の腋に非ず国を治めるには、多くのすぐれた人材の力によらなければならないということ。
千金の子は市に死せず金持ちの子は犯罪をしても、金の力で罰を逃れることができる。
千金の子は坐して堂に垂せず金持ちの子は自分を大切にし、軽はずみなことはしない。
千鈞の弩は鼷鼠の為に機を発たず大志を抱く者は、些細な事には心を動かさないというたとえ。
千鈞の弩を以て癰を潰す超大国が強大な力で弱小国をやぶること。
千金は死せず百金は刑せられず金の力で裁判の判決はどうとでもできるということ。
千鈞も船を得ば即ち浮かぶ愚かな者でも勢力や地位があれば、賢者を抑え天下を制することができる。
千金を買う市あれど一文字を買う店なし文字は努力して学ぶ他ないということ。
千軒あれば共過ぎ千軒の家があれば商売が成り立ち、互いに生計を立てていくことができる。
千石取れば万石羨む人間の欲の際限のなさをいう。
千石万石も米五合どれほど裕福でも本当に必要なものには限りがあり、必要な分だけあれば十分だということ。
詮索物、目の前にあり探しているものはすぐ目の前にあるのに気づかず、探し回るものだということ。
千緒万端、遺漏あることなし全てにおいて手落ちがないこと。
千日の旱魃に一日の洪水水害の恐ろしさをいうことば。
千雀万鳩鷂と仇を為すたくさん弱い者がいても強い者には到底かなわない。
千畳敷に寝ても一畳あまり欲張らず身の丈に合った暮らしをするということ。
先生と言われるほどの馬鹿でなし先生と呼ばれていい気になっている者をあざけることば。
戦戦慄慄日に一日慎めおごりたかぶらず、慎重に反省しながら暮らせということ。
川沢汙を納れ山藪疾を蔵す人の上に立つものは恥や屈辱を受けても我慢する度量の深さが必要で、そうした徳や屈辱で徳を損なうことはない。
栴檀の林に入る者は染めざるに衣自ずから芳し環境が良いとそれに影響され、良い性質が自ずと身につくこと。
栴檀は双葉より芳し香木の栴檀は双葉が出たころから芳香を放つということで、大成する人物は幼時から優秀な素質を示すたとえ。
船頭多くして船山に上る指図する人が多すぎると、かえって物事がまとまらず、見当違いの結果になること。
船頭のそら急ぎ本当は急いでいないのに、むやみに人をせきたて急いでいるふりをすることのたとえ。
千日に刈った萱一日に亡ぼす長い間苦労して積み上げてきたことを、一度にだめにすること。
千日の勤学より一時の名匠独学で長時間学ぶより、指導者について短時間学ぶ方が効率が良いということ。
千人心を同じうすれば則ち千人の力を得一致団結すれば大きな力を生むということで、千人が心を一つにして行動すれば千人分の力を有効活用できるということ。
仙人の千年、蜻蛉の一時寿命が長い仙人と短い蜻蛉では、長短の差があってもどちらも同じ一生だということ。
千人の諾諾は一士の諤諤に如かず人の言う通りにする千人のイエスマンより、勇気を持って直言する一人の方が価値があるということ。
千人の指さす所病無くして死す大勢の人から怒りを買うようなことはしてはいけないということ。
千の倉より子は宝子供は至宝であるということ。
浅は与に深を測るに足らず浅い見識の者とは、ともに奥深い道理や真理を突き詰めることはできない。
鱣は蛇に似たり、蚕は蠋に似たり利益のためならば、どんなことでもやるというたとえ。
千万人と雖も吾往かん反省してみて自分の考えや行動が正しいと確信したら、敵がたとえ千万人いたとしても恐れずに立ち向かっていこうという意味。
千三つ千のうち本当のことは三つしか言わない意から、うそつき、ほらふき。
千羊の皮は一狐の腋に如かず凡人が何人集まっても、一人のすぐれた人物には及ばないことのたとえ。
千里駕を命ず遠くに住む友を訪ねること。
千里行を留めずこの世に敵するものがいないことにいう。
千里の馬も蹴躓く優秀な人でも失敗をすることがある。
千里の馬も伯楽に逢わずいつの時代にも優秀な人はいるが、その才能を見抜いて能力を発揮させることができる人はなかなかいないということ。
千里の行も足下より始まるどんな大事業も手近なところから始まる。
千里の堤も蟻の穴からささいなことでも油断すると、大きな災いを招くことがあるというたとえ。
千里の道も一歩より起こるどれほど遠い道のりも、足もとの最初の一歩から始まること。
千里一跳ね短時間で遠くまで行くこと。
千慮の一失どんなに賢くて思慮深い人でも、ときにはひとつくらい間違いがあるということ。
枘鑿相容れず物事がくい違っていて合わないことのたとえ。
銭ある時は鬼をも使う金さえあれば、たとえ恐ろしい鬼であっても思いのままに使役することができるというわけで、金の力の大きさをいったもの。
銭あれば木仏も面を返す金の力に誰も逆らえずなびくということ。
銭無き男は帆の無き舟の如し財力のないものは、帆をなくした舟のようなに流れ漂うしかなく、思い通りに行動することができない。
銭無しの市立ち何の手立ても無いのに物事を行っても無駄ということ。
銭は足無くして走る金に足は無いのに、まるで足がついているかのように人から人へ渡っていくということ。
銭は馬鹿かくし金の力があれば愚者でも世間に通用するということ。
銭儲けと死に病に徒はない金儲けや不治の病に対処するのは、並大抵のことではないということ。
銭持たずの団子選り手立てがなくては何もできないということ。
是非は道によって賢し物事のよしあしの判断は、それぞれの専門家に任せれば間違いないということ。
善悪の報いは影の形に随うが若し善い行いや悪い行いの報いは必ずあらわれるということ。
善悪は水波の如し善悪に大差はなく、わずかな差だということ。
善悪は友による友人次第でよくも悪くもなる。
善悪は友を見よその人が善人か悪人かは、その人の友人の言動で判断できるということ。
善因悪果を招く良いことがあると、続けて悪いことが起きやすいということ。
善言は布帛よりも暖かし善い言葉には人の心をあたためる力があるということ。
前車の覆るは後車の戒め前を行く車がひっくり返るのを見て後の車が注意することから、先人の失敗は後人の戒めになることのたとえ。
前車の轍を踏む前の人と同じ方法を繰り返して、同じ失敗をしてしまうこと。
善者は弁ならず、弁者は善ならず善人は無口で善行をし、能弁な人ほど善行をしていない。
善書は紙筆を選ばず字が上手な人は、書くための道具の善し悪しにこだわらない。
前事の忘れざるは後事の師なり経験したことを忘れず心に留めておけば、その後の戒めや参考になるということ。
前人木を植えて後人涼を得先人のおかげで、後世の人が楽をすることができているということ。
善に強い者は悪にも強い極端から極端に変わる性格のこと。
善には善の報い、悪には悪の報いよい行い、悪い行いにはそれ相応の報いが必ずあることで、たとえこの世で報いがなくても、来世で善行にはよい報いがあり、悪行には天罰が下されること。
善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや善人が極楽往生できるなら、まして悪人は尚更往生できるということ。
善の裏は悪良いことの後には悪いことが起こるものだ、善を裏かえすと悪になるということ。
善は急げよいことだと思ったら、ためらわずにすぐ実行せよ、という教え。
善は失うべからず、悪は長ずべからず善行をするチャンスを逸してはいけない。
善敗己に由る成否は自分の行動の結果であって他人のせいではないということ。
膳部揃うて箸を取れあわただしく食事に取りかかってはいけないという戒め。
善も積まざれば以て名を成すに足らずどんな善行でも少しでは何にもならない。
前門の虎後門の狼困ったことや、災難から逃れることができたと思ったら、また困ったことや災難にあうというたとえ。
善を責むるは朋友の道なり互いに善行を勧め合うのは、友として当然の務めだ。



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