【ことわざ】
鬼の目にも涙
【読み方】
おにのめにもなみだ
【意味】
無慈悲な人や普段は厳しい人でも、時には哀れみや思いやりの心を起こし、涙を流すことがあるというたとえ。


【英語】
・Even the hardest of hearts can be moved to tears(どれほど心の冷たい人でも、涙を誘われることがある)
【対義語】
・血も涙もない(ちもなみだもない)
「鬼の目にも涙」の語源・由来
「鬼の目にも涙」は、無慈悲な人を「鬼」に、情に動かされたしるしを「涙」にたとえた言い方です。鬼は、人を思いやらない冷酷な者の代表として置かれ、その鬼の目にさえ涙が浮かぶという意外な取り合わせによって、どれほど恐ろしい人にも、人間らしい情が残っていることを強く印象づけます。
この表現の「にも」には、「鬼のような者でさえ」という意味が込められています。ただ厳しい人が涙を流すことではなく、普段は無慈悲な人が、他人の境遇や真心にほだされ、慈悲心を起こすところに、このことわざの意味の芯があります。
古い用例は、『蒙求抄(もうぎゅうしょう)』(1523年・1529年の講義をもとに成立、室町時代後期、清原宣賢講説)にあります。『蒙求抄』は、中国の書物『蒙求』をやさしく解釈した注釈書で、講義の聞書を後にまとめ、一部を林宗二が編み、1638年に刊行したものです。
『蒙求抄』第二巻では、人の志に心を動かされれば、どれほど物の分からない盗人でも許すだろうと述べたあとに、「鬼の目(メ)に涙ぞ」とあります。情けを知らないと思われる盗人でさえ、真心に動かされることを、鬼の目から涙が流れる姿に重ねた表現です。
この古い用例は、現在の「鬼の目にも涙」ではなく、「鬼の目に涙」という形です。「も」はまだ入っていませんが、鬼のように無慈悲な者にも情け深い心が起こるという意味は、すでに現在と同じです。
後に、「も」が加わった「鬼の目にも涙」という形が定着しました。「鬼の目に涙」でも意外な出来事を表せますが、「にも」とすることで、「ほかの人はもちろん、鬼でさえ」という強い驚きが、いっそう明らかになります。
また、「鬼の血目玉にも涙」という異なる形も伝わっています。鬼の恐ろしい目をさらに強調しながら、そのような目からも涙が流れることを表しており、現在のことわざと同じ考えに基づく言い方です。
明治時代の『偉人談片(いじんだんぺん)』(明治36年、小谷保太郎編)にも、「鬼の目に涙ともいうべきものか」という用例があります。近代にも、「鬼の目に涙」という形が使われる一方で、「鬼の目にも涙」が一般的なことわざとして広く定着していきました。
現在では、残酷な人物だけでなく、普段は厳しく、めったに弱い感情を表さない人が、哀れみや感動から涙を見せた場合にも使います。ただし、怒りや悔しさで泣くことではなく、他人への思いやりや人間らしい情が表れた場面をいうのが、本来の用法です。
「鬼の目にも涙」は、冷酷に見える人が、いつも優しい人へ変わったという意味ではありません。どれほど無慈悲に思える人でも、時には真心や悲しみに動かされることがあるという、人の心の奥深さを表したことわざです。
「鬼の目にも涙」の使い方




「鬼の目にも涙」の例文
- 冷酷で知られた領主が困窮する村人に米を分け、鬼の目にも涙とはこのことだと人々は語った。
- いつも厳しい監督が引退する選手の手紙に涙を浮かべ、鬼の目にも涙を思わせた。
- 無愛想な店主が迷子を優しく慰める姿は、まさに鬼の目にも涙だった。
- 部下の苦労を知った厳格な社長が再挑戦の機会を与え、鬼の目にも涙と社員を驚かせた。
- 人情を解さないと思われていた悪役が孤児を助ける場面に、鬼の目にも涙という言葉がよく当てはまる。
- 頑固な祖父が孫の卒業式で涙を流すのを見て、家族は鬼の目にも涙だと顔を見合わせた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Electronic Dictionary Research and Development Group『JMdict』。
・清原宣賢講説『蒙求抄』1523・1529年講説、1638年刊。
・小谷保太郎編『偉人談片』吉川弘文館、1903年。























