【慣用句】
黴が生える
【読み方】
かびがはえる
【意味】
長く放置された物や考えなどが古くさくなり、時代遅れになったり、役に立たなくなったりすること。もとは、物に実際の黴ができることをいう。


【英語】
・gather dust.(長く使われず、ほこりをかぶる)
【類義語】
・時代遅れ(じだいおくれ)
・陳腐になる(ちんぷになる)
「黴が生える」の語源・由来
「黴が生える」は、もともと食べ物や衣類などの表面に実際に黴が発生することを表す言い方です。そこから、長い間しまい込まれた物のように古くなることや、時代に合わず役に立たなくなることも表すようになりました。
「黴」に当たる古い日本語には、「黴ぶ(かぶ)」があります。『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(934年ごろ・平安時代中期、源順編)には、この言葉の古い用例があり、食べ物などに黴ができる現象が古くから言葉で表されていたことが分かります。
『源氏物語』(1001〜1014年ごろ成立・平安時代中期、紫式部著)の「橋姫」には、古い手紙を入れた袋について「黴臭き」とあります。ここでは、比喩として「古くさい」という意味にまで移ってはいませんが、長くしまわれた古い物と黴の臭いとが結び付けられています。
現在の表現に近い古い用例は、浄瑠璃(じょうるり)の『双生隅田川(ふたごすみだがわ)』(1720年・江戸時代中期、近松門左衛門著)に出てきます。この作品は、同年八月に大坂の竹本座で初演された全五段の作品です。
その第四段には、「かびのはえた毛奴と笑ふて散々かへりけり」とあります。「毛奴(けやっこ)」は人をあざける言葉であり、ここでの「かびのはえた」は、実際に黴が付いたというより、相手を古びてみすぼらしいものとして笑う表現です。
この用例では、黴という目に見える変化が、人や物の古さを表す比喩へと移っています。長く放置された物には黴ができやすいことから、「古い」「みすぼらしい」「価値が落ちた」という意味が重ねられたのです。
柳沢淇園の随筆『ひとりね』(1724年ごろ・江戸時代中期)には、「随分かびのはへた半太夫ぶし」という例があります。ここでは、浄瑠璃の一流派を古めかしいものとして述べており、「黴が生える」という比喩が芸能の様式にまで広がっています。
さらに、『平仮名盛衰記(ひらがなせいすいき)』(1739年・江戸時代中期、文耕堂・三好松洛ほか著)には、「我等が様な浪人の黴た襟」という表現があります。「黴た」は、古びてみすぼらしくなった姿を表し、黴が貧しさや長い不遇を思わせる比喩として使われています。
このように、江戸時代の用例では、黴は単に物の変質を表すだけでなく、人の身なり、芸能の流派、生活の古びた様子などを表す言葉になりました。具体的な物の古さから、目に見えない考え方や様式の古さへと、意味の範囲が広がったのです。
やがて、「黴が生える」は、「物が古くさくなる」「古くて役に立たなくなる」という意味で定着しました。「黴が生えた思想」のように、考え方が時代遅れになったことにも用います。
ただ古いというだけでなく、使われずに放置されたことや、時代の変化に合わせて改められなかったことを思わせる点が、この表現の特徴です。実際の黴が物を傷める姿をもとに、物や考えが新しさと役立ちを失う様子を鮮やかに表しています。
「黴が生える」の使い方




「黴が生える」の例文
- 図書室の古い案内冊子は、内容に黴が生える前に改訂する必要がある。
- 祖父は、しまい込んだままでは道具に黴が生えると言って、古い大工道具を今も使っている。
- 一度成功した方法に頼り続ければ、その考えにも黴が生える。
- 去年の企画書をそのまま提出すれば、案に黴が生えるほど古いと思われかねない。
- 新しい技術を学ばない会社では、いずれ仕事のやり方に黴が生える。
- 社会が変化しているのに制度を見直さなければ、制度そのものに黴が生える。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・Diana Lea・Jennifer Bradbery編『Oxford Advanced Learner’s Dictionary 第10版』Oxford University Press,2020.
・源順『和名類聚抄』934年ごろ。
・紫式部『源氏物語』1001〜1014年ごろ。
・近松門左衛門『双生隅田川』1720年。
・柳沢淇園『ひとりね』1724年ごろ。
・文耕堂・三好松洛ほか『平仮名盛衰記』1739年。























