【故事成語】
狗猪も其の余を食わず
【読み方】
くちょもそのよをくらわず
【意味】
人の道を大きく外れた卑劣な者は、その食べ残しさえ犬や豚が口にしないほど、さげすむべきであるということ。


【英語】
・beneath contempt.(軽蔑するにも値しないほど卑劣である)
【類義語】
・人非人(にんぴにん)
・人面獣心(じんめんじゅうしん)
【対義語】
・聖人君子(せいじんくんし)
「狗猪も其の余を食わず」の故事
「狗猪も其の余を食わず」の「狗」は犬、「猪」は豚、「余」は食べ残しを指します。犬や豚でさえ、その者が残した物を嫌って食べないという強い言い方によって、人としての道をひどく踏み外した者をさげすむ表現です。
この故事は、『漢書(かんじょ)』(後漢、1世紀、班固が中心となって編み、班昭らが補った)の「元后伝」に出てきます。『漢書』は、前漢の成立から王莽(おうもう)の時代までを記した中国の正史です。
前漢の末、外戚として大きな権力を握った王莽は、漢の皇帝に代わって帝位に就き、後9年に「新」という国を建てました。王莽は、新しい皇帝のしるしとして、漢の皇帝が受け継いできた伝国璽(でんこくじ)を手に入れようとしました。
その伝国璽を持っていたのは、漢の太皇太后であり、王莽の伯母にあたる王政君でした。王莽は、王政君が日ごろから信頼していた安陽侯の王舜を使者として送り、璽を渡すよう求めさせました。
王舜が訪ねてきた理由を悟った王政君は、激しく怒りました。そして、王氏一族は漢の力によって代々富み栄えながら、その恩に報いず、幼い皇帝を託された立場を利用して国を奪い、恩義を顧みなかったと責めました。
その非難の中に、「人如此者、狗豬不食其餘」とあります。「このような人間の食べ残しは、犬や豚さえ食べない」という意味で、王莽の行いを、人としてこの上なく卑しいものだと言い切った言葉です。後世の注釈にも「言惡賤」、すなわち、その人物がひどく悪く卑しいことをいう、とあります。
王政君はさらに、新しい皇帝を名乗るのなら、自分で新しい璽を作るべきであり、滅びた漢の璽を求める必要はないと述べました。また、自分は漢に仕えた老女として、この璽とともに葬られたいとも訴えました。
しかし王舜は、王莽がどうしても伝国璽を欲しがっているため、渡さずに済ませることはできないと迫りました。王政君は涙を流しながら、ついに伝国璽を地面へ投げつけて王舜に渡し、王莽の一族はいずれ滅びるだろうと言い放ちました。
この故事では、「狗豬不食其餘」という言葉が、単なる悪口としてではなく、漢から長く恩恵を受けた一族が、その漢を裏切って国を奪ったことへの怒りとして発せられています。そのため、現在の「狗猪も其の余を食わず」にも、恩知らずや裏切り、人の信頼につけ込む行いを厳しく責める意味が強く残っています。
似た表現は、5世紀に劉義慶が編んだ『世説新語(せせつしんご)』にも出てきます。曹操の死後、その子の曹丕が父の宮女たちを自分のものにしたことを、母の卞后が「狗鼠不食汝餘」と激しく責めており、犬や鼠さえ、その食べ残しを口にしないほど卑しいという比喩が用いられています。
また、南宋の王明清が著した『玉照新志』では、官位を得たい一心から人の命を顧みない役人を非難して、「狗彘不食其餘」という形が使われています。ここでは王莽の故事を離れ、極めて卑劣な人物を責める決まり文句として広がっていたことが分かります。
日本語では、原文の「狗豬不食其餘」を読み下した「狗猪も其の余を食わず」という形で伝わり、「狗猪もその余りを食らわず」ともいいます。「猪」は、ここでは野生のいのししではなく、原文どおり豚を指しています。
このように、「狗猪も其の余を食わず」は、犬や豚にも嫌われるという極端なたとえを通して、恩義も人情も捨てた人物を厳しくさげすむ故事成語です。非常に強い非難を含むため、日常の小さな過ちではなく、人の信頼を踏みにじるような重大な行いについて用います。
「狗猪も其の余を食わず」の使い方




「狗猪も其の余を食わず」の例文
- 長年世話になった恩人をだまして財産を奪うとは、狗猪も其の余を食わずというべき行いだ。
- 救援物資を横流しして利益を得た者は、狗猪も其の余を食わずと厳しく非難された。
- 会社を救ってくれた同僚に罪を着せるとは、狗猪も其の余を食わずの振る舞いだ。
- 物語の王は忠臣の家族まで陥れたため、狗猪も其の余を食わずと民から憎まれた。
- 孤児を守る立場でありながらその財産を奪った後見人は、狗猪も其の余を食わずとさげすまれた。
- 権力を得るために恩義も約束も踏みにじる人物を、作者は狗猪も其の余を食わずと描いた。
主な参考文献
・Collins Dictionaries『Collins English Dictionary, Fourteenth Edition』Collins,2023.
・班固著、小竹武夫訳『漢書 8 列伝5』筑摩書房、1998年。
・劉義慶撰、井波律子訳注『世説新語 1』平凡社、2013年。
・王明清『玉照新志』南宋。























