【ことわざ】
沓の蟻、冠を嫌う
【読み方】
くつのあり、かんむりをきらう
【意味】
狭い知識や見識にとらわれ、そこから抜け出そうとしないこと。自分の知っている世界だけに固執する人のたとえ。


【英語】
・The frog in the well does not know the ocean.(井戸の中の蛙は大海を知らない)
【類義語】
・井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず)
・井底の蛙(せいていのかわず)
「沓の蟻、冠を嫌う」の語源・由来
「沓(くつ)」は、足先を覆う履き物を指す古い表記です。皮革や布などで作る履き物のほか、下駄や草履を指す場合もあり、日本の古い文献では、「靴」や「履」などとともに「くつ」と読まれてきました。
このことわざは、いつも沓の中にすんでいる蟻が、別の場所である冠の中へ移ることを嫌う、というたとえから生まれた言い方です。自分の慣れた場所だけをよいと思い込み、より広い世界へ出ようとしない人の姿を、沓にとどまる小さな蟻になぞらえています。
冠と沓は、身につける位置が正反対です。古い装束では、冠は頭につけ、沓は足に履きました。そのため、低い足元にある沓と、高い頭上にある冠との組み合わせは、下と上、狭い生活圏と未知の場所という、鮮やかな対照を作ります。
冠と沓を対照させる言い方は、古くから、上下の区別を表すたとえにも使われてきました。『韓非子(かんぴし)』の「外儲説(がいちょせつ)」に由来する「冠旧けれど沓に履かず」は、どれほど古びた冠でも足には履かず、どれほど新しい沓でも頭には載せないという意味で、上下や役割の区別を説いています。
ただし、「沓の蟻、冠を嫌う」が戒めるのは、身分や役割の区別ではありません。沓の中しか知らない蟻が、自ら冠を嫌って元の場所にとどまる姿によって、限られた知識や経験に執着し、異なる世界を知ろうとしない心の狭さを表しています。
このことわざで大切なのは、単に「知らない」ということだけではありません。知らないものを学ぼうとせず、慣れた考え方から抜け出そうとしない態度まで含みます。そのため、経験が少ない人そのものよりも、自分の経験だけが正しいと思い込み、新しい意見や方法を退ける人に当てはまります。
よく似た「井の中の蛙大海を知らず」も、狭い知識や経験にとらわれ、広い世界を知らないことを表します。「沓の蟻、冠を嫌う」には、それに加えて、別の世界へ移る機会があっても、自ら嫌って受け入れないという頑なな態度が、より強く表れています。
こうして、足元の沓に住み慣れた蟻と、頭上につける冠との対照から、狭い見識に閉じこもる人を戒めることわざになりました。自分の知っている範囲だけで物事を決めつけず、異なる考えや新しい経験に目を向けることの大切さを教える表現です。
「沓の蟻、冠を嫌う」の使い方




「沓の蟻、冠を嫌う」の例文
- 自分の経験だけが正しいと思い込む姿は、沓の蟻、冠を嫌うそのものだ。
- 父は新しい道具を試そうとせず、沓の蟻、冠を嫌う態度を改めなかった。
- 他国の文化を知る前から否定するのは、沓の蟻、冠を嫌う考え方である。
- 昔からの方法だけに固執していては、沓の蟻、冠を嫌うと批判されても仕方がない。
- 沓の蟻、冠を嫌うにならないよう、異なる立場の意見にも耳を傾けた。
- 狭い地域の習慣だけを世間の常識と決めつける彼に、先生は沓の蟻、冠を嫌うと戒めた。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・近藤いね子・高野フミ編集主幹『小学館プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・韓非『韓非子』戦国時代末期。























