【故事成語】
秋の扇
【読み方】
あきのおうぎ
【意味】
かつて男性の愛情を受けたのち、その愛情を失って顧みられなくなった女性のたとえ。


【類義語】
・秋扇(しゅうせん)
・団雪の扇(だんせつのおうぎ)
「秋の扇」の故事
「秋の扇」という言葉には、まず、暑い季節には手に取られていた扇が、涼しくなる秋には用を失い、しまわれてしまうという、具体的な景色があります。季節の品としては、使われなくなった扇、捨て扇、忘れ扇を指す言い方でもあります。
この扇の姿が、人の愛情の移ろいを表すたとえになった背景には、中国・前漢の成帝の宮中にいた班婕妤(はんしょうよ)の物語があります。『漢書』「外戚伝」には、趙飛燕姉妹が勢いを得るなかで、班婕妤と許皇后が寵愛を失い、成帝に会うこともまれになったと記されています。
班婕妤の名と結びついて伝わる詩が、『文選(もんぜん)』巻二十七に収められた「怨歌行(えんかこう)」です。『文選』は、中国の南朝梁で六世紀前半に成立した詩文集で、昭明太子蕭統(しょうとう)らによって編まれ、日本の文学にも早くから大きな影響を与えました。
「怨歌行」は、班婕妤の作として伝えられてきた詩です。詩の初めには、新しく裁った白い絹が霜や雪のように清らかに輝き、それを丸い扇に仕立てると、明るい月のようになると詠まれます。
その扇は、君の懐や袖に出入りし、あおげば涼しい風を起こします。つまり、扇は初め、身近に置かれ、役に立つものとして大切に扱われるものと描かれ、その姿に、愛情を受けていた女性の境遇が重ねられています。
しかし、詩は、秋が来て涼風が暑さを去らせると、扇は箱の中にしまい捨てられ、恩愛も途中で絶えてしまうのではないかという悲しみへと移ります。結びの「棄捐篋笥中、恩情中道絶」は、役目を失った扇の運命と、愛情を失う女性の不安とを一つに重ねた言葉です。
この詩の本文には、「秋の扇」という日本語の形がそのまま書かれているわけではありません。けれども、秋になれば扇が捨て置かれるという場面が、愛情を失って顧みられなくなる悲しみを強く表しているため、後に「秋の扇」が、その境遇を示す言い方として受け継がれました。
日本では、漢語の形である「秋扇」が早くから用いられています。『凌雲集(りょううんしゅう)』(814年・平安時代初期、小野岑守・菅原清公ら撰)には、嵯峨天皇の詩として「班姫秋扇已無色」とあり、班女と秋扇とを結ぶ中国の故事が、平安初期の漢詩にすでに取り入れられていました。
さらに、『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』(1013年ごろ成立・平安時代中期、藤原公任撰)は、「雪」の部に「班女閨中秋扇色。楚王台上夜琴声。」を収めています。班女の部屋にある秋の扇の白さを雪に重ねる句であり、秋扇の故事が、声に出して味わう名句として受け継がれていたことが分かります。
一方、日本語の「秋のあふぎ」は、藤原定家の私家集『拾遺愚草(しゅういぐそう)』の員外に収められた歌の用例として伝わっています。「風立ちて秋のあふぎぞ遠ざかりゆく」という歌では、秋風とともに扇が手元から遠ざかる季節の景物として用いられています。
室町時代になると、世阿弥作の能『班女(はんじょ)』(1435年ごろ)に、「班女が閨の中には秋の扇の色」という句が出てきます。恋しい人と取り交わした扇を抱き続ける花子の物語に班婕妤の故事が重ねられ、「秋の扇」という日本語の形が、恋の悲しみを表す文学の中に深く根づいていきました。
このように、「秋の扇」には、秋になって使われなくなった扇という季節の意味と、愛情を失って顧みられなくなった女性という故事にもとづく意味とがあります。後者は、扇を女性になぞらえる古い時代の比喩ですから、今日では、古典や物語の人物の境遇を説明する場面で用いるのに適した表現です。
暑い盛りには身近に置かれた扇が、秋風の中で忘れられていく姿には、季節の寂しさだけでなく、人の心が離れていく悲しみも重ねられています。「秋の扇」は、前漢の宮廷を背景とする詩の物語から生まれ、日本の文学にも受け継がれてきた故事成語です。
「秋の扇」の使い方




「秋の扇」の例文
- 帝の心が離れたのち、宮女は自らを秋の扇になぞらえて嘆いた。
- かつて深く愛された姫君が顧みられなくなるくだりは、まさに秋の扇の境遇を描いている。
- 作者は、権力者の寵愛を失った女性を秋の扇として物語の中に描いた。
- 恋物語の終盤で、見捨てられた女性は秋の扇の身となり、ひとり宮殿に残された。
- 歌人は、昨日まで大切にされた女性が遠ざけられる悲しみを、秋の扇という言葉に託した。
- 古典を読む際には、秋の扇が、愛情を失って捨て置かれた女性のたとえであることを踏まえる必要がある。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・班固ほか『漢書』後漢成立。
・蕭統編、李善注『文選』梁・6世紀前半成立。
・小野岑守・菅原清公ほか撰『凌雲集』814年。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1013年ごろ成立。
・藤原定家『拾遺愚草員外』鎌倉時代。
・世阿弥『班女』1435年ごろ。























