【慣用句】
水母の骨
【読み方】
くらげのほね
【意味】
ありえない物事、または非常に珍しい物事のたとえ。


【英語】
・pigs might fly.(そんなことは決して起こらない)
・once in a blue moon.(ごくまれに)
【類義語】
・亀毛兎角(きもうとかく)
【対義語】
・日常茶飯事(にちじょうさはんじ)
「水母の骨」の語源・由来
水母には骨がないため、「水母の骨」は、実際には存在しないものを形にした表現です。そこから、ありえない物事を表し、さらに、現実に起こるとしても極めて珍しい物事をたとえるようになりました。
この表現の早い用例は、藤原元真の歌集『元真集』(966年ごろか・平安時代中期、藤原元真著)にあります。歌には「世にし経ばくらげのほねは見もしてん」とあり、長くこの世に生きていれば、水母の骨さえ見ることがあるかもしれない、と詠んでいます。
ここでは、骨のない水母の骨を見るという不可能なことを、長生きすれば起こるかもしれない出来事として表しています。この早い用例には、単に「存在しない」という意味だけでなく、長い年月の末に思いがけないものに出会うという、驚きや幸運につながる発想も含まれています。
11世紀初頭に形づくられた『枕草子(まくらのそうし)』(平安時代中期、清少納言著)にも、「海月の骨」が出てきます。中納言の藤原隆家は、天皇の后に差し上げる扇について、人々が「さらにまだ見ぬ骨のさまなり」と言うほど珍しい扇の骨を手に入れたと、誇らしげに語ります。
それを聞いた清少納言は、「さては、扇のにはあらで、海月のななり」と返します。「それなら扇の骨ではなく、まだ誰も見たことのない海月の骨なのでしょう」という意味で、扇を支える細い部分をいう「骨」と、水母には存在しない「骨」とを巧みに結び付けた言葉遊びです。隆家もその機転を喜び、自分の言葉としてしまおうと言って笑います。
この場面は、見たことのない「骨」という隆家の言葉を受け、骨のない海月を持ち出したしゃれとして、広く読まれています。一方、『元真集』の歌などとのつながりから、「海月の骨」を長寿の末にめぐり会う奇跡や幸運ととらえ、宮中のめでたい未来を前もって祝う意味も重なっているとする説があります。
『元真集』では「くらげ」と仮名で書かれ、『枕草子』では「海月」の字が使われています。現在では「水母の骨」という表記が広く用いられますが、「水母」も「海月」も、同じく「くらげ」を表します。
平安時代後期の説話集『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』(1120年以後まもなく成立か、編者未詳)にも、よく似た表現が現れます。八十歳を過ぎて死期を悟った僧の増賀(ぞうが)は、長年願ってきた極楽への往生がかなうと弟子たちに告げ、「くらげの骨にあふぞうれしき」と詠みました。
この歌では、とうてい出会えないはずの水母の骨に出会うことが、長く願い続けた望みがかなう喜びに重ねられています。ここから「水母骨に逢う」という言い方も、「出会うはずのないものに会う」「珍しいことに出くわす」という意味で用いられるようになりました。
このように「水母の骨」は、もともとの「存在しない骨」という発想から、ありえない物事を表す一方で、長く生きた末にめぐり会うほど珍しい出来事をも表すようになった慣用句です。
「水母の骨」の使い方




「水母の骨」の例文
- 無口な父が家族全員をカラオケに誘うとは、水母の骨のような出来事だ。
- 毎年雨になる祭りが一日中快晴だったので、町の人々は水母の骨だと喜んだ。
- 一晩で百冊の本を読み終えるという約束は、水母の骨に等しい。
- 頑固な会長が若手の提案をすぐに採用したことは、水母の骨といえるほど珍しかった。
- 旅先で幼いころの恩師と偶然再会し、水母の骨に出会ったような驚きを覚えた。
- 砂浜を歩いて古代の王冠を拾うなど、水母の骨のような話だ。
主な参考文献
・小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・藤原元真『元真集』966年ごろ。
・清少納言『枕草子』11世紀初頭。
・『今昔物語集』12世紀前半成立。
・松本昭彦「『枕草子』「中納言まゐりたまひて」段試考―「海月の骨」の意味と「言い訳」の意図―」『三重大学教育学部研究紀要』第67巻、三重大学教育学部、2016年。























