【ことわざ】
嫌いは知らぬの唐名
【読み方】
きらいはしらぬのからな
【意味】
知らないことを認めたくない人が、「嫌いだ」と言ってごまかすことのたとえ。


【対義語】
・聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥(きくはいっときのはじ、きかぬはいっしょうのはじ)
「嫌いは知らぬの唐名」の語源・由来
「嫌いは知らぬの唐名」は、「知らない」と正直に認める代わりに、「嫌いだから知らないのだ」と装う人を皮肉ったことわざです。ここでの「唐名(からな)」は、「別名」や「あだ名」という意味で、「嫌い」という言葉は、実は「知らぬ」を言い換えた名前にすぎないと表しています。
「唐名」は、もともと中国での名称や、中国風に付けた名称を指しました。また、日本の官職を中国風の官名で呼ぶ場合にも用いられ、太政大臣を「相国」、中納言を「黄門」と呼ぶような例があります。
古い用例として、『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』(14世紀前半ごろ・鎌倉時代末期、編者未詳)には、「毛しゅうとは鼠の唐名也」とあります。ここでの「唐名」は、鼠を中国風に呼んだ名称という、もとの具体的な意味で使われています。
その後、「唐名」は中国風の名称に限らず、広く「別名」や「異名」を表すようになりました。浄瑠璃『十二段』(1698年ごろ・江戸時代前期)には、ある言葉を別の言葉の「からな」とする用例があり、この時期には、現在のことわざに近い「言い換えた名前」という意味が定着していたことが分かります。
江戸時代には、「ある美しい言い方は、実は好ましくない本質を隠す別名にすぎない」と皮肉ることわざが作られました。『当世誰が身の上』(1710年・江戸時代中期)には、「結構は阿房の唐名といふ諺」とあり、人がよすぎることを表す「結構」は、実のところ、愚かさの別名だという意味で使われています。
江戸時代に俗語や俗諺を集めた『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(1797年以後成立、太田全斎著)にも、「結構ハ馬鹿の唐名」という表現が収められています。このように、「表向きの言葉は、別の本質を隠した唐名である」と言い表す型が、近世のことわざに用いられていました。
「嫌いは知らぬの唐名」も、この言い回しと同じ仕組みをもっています。よく知らない人にとって、「知らない」と言うことは、自分の知識不足を明かす言葉ですが、「嫌い」と言い換えれば、自分の意思で遠ざけているように装えます。その強がりを見抜き、「嫌いというのは、知らないことに付けた別名ではないか」と言い返す表現です。
よく似た言葉に「食わず嫌い」がありますが、意味の重点は異なります。「食わず嫌い」は、食べたり試したりせずに嫌いだと決め込むことを表しますが、「嫌いは知らぬの唐名」は、知らないことを認めたくないために、嫌いだと言って取り繕う態度を表します。
したがって、このことわざは、心から嫌っている人すべてに当てはめる言葉ではありません。対象について十分な知識がないのに、見栄や負け惜しみから嫌いだと言い張る人を戒めたり、からかったりするときに用います。
このように、中国風の名称を表した「唐名」が、別名やあだ名という意味へ広がり、「嫌い」は「知らぬ」を隠すための別名だという、機知のあることわざになりました。知らないことを恥じて遠ざけるよりも、まず知ろうとすることの大切さを、裏側から教える表現です。
「嫌いは知らぬの唐名」の使い方




「嫌いは知らぬの唐名」の例文
- 彼は能について何も知らずに嫌いだと決めつけ、嫌いは知らぬの唐名だとたしなめられた。
- 新しい料理の名さえ知らない弟が嫌いだと言うのは、嫌いは知らぬの唐名にほかならない。
- 友人は将棋のルールを知らないまま興味がないと言い、嫌いは知らぬの唐名を地で行った。
- その評論家は作品を読まずに退けたため、嫌いは知らぬの唐名との批判を受けた。
- 海外の習慣を学ばずに嫌う態度を、祖父は嫌いは知らぬの唐名と戒めた。
- 新しい仕事の内容を尋ねもせず避ける部下に、上司は嫌いは知らぬの唐名にならぬよう助言した。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・高野信治「近世辞書『俚言集覧』にみえる〈障害〉表現―類型・認識の析出―」『九州文化史研究所紀要』第60号、2017年。
・太田全斎『俚言集覧』1797年以後成立。
・『源平盛衰記』14世紀前半ごろ成立。
・『十二段』1698年ごろ。
・『当世誰が身の上』1710年。























