【故事成語】
闇を以て疵を見る
【読み方】
あんをもってきずをみる
【意味】
暗い所から明るい所を見るとよく見えるように、自分の意図や姿を表に出さず、静かな立場から相手を見れば、相手の欠点が見えてくること。


【類義語】
・毛を吹いて疵を求む(けをふいてきずをもとむ)
「闇を以て疵を見る」の故事
「闇を以て疵を見る」は、中国戦国時代末期の思想家韓非に帰される『韓非子(かんぴし)』に基づく故事成語です。『韓非子』は、法律や刑罰を政治の基礎とする法家(ほうか)の思想をまとめた書物として伝わり、君主が臣下をどのように動かし、見極めるかを重んじています。
この表現のもとになった一節は、『韓非子』「主道」篇に出てくる「虛靜無事,以闇見疵」です。ここでは、君主は心を静かにし、むやみに動かず、臣下から自分の考えを読まれない立場に身を置き、臣下の言葉や行動の欠点を見抜くべきだと述べています。
「虚静(きょせい)」は、欲望などを捨てて静かに落ち着いていることを表します。また「闇」は、暗いこと、くらがり、ひそかなことを表す字です。このため「以闇見疵」は、ただ暗闇にいるという意味だけでなく、自分の心や意図を表に出さず、相手から見えにくい立場で物事を見るという意味を含んでいます。
同じ箇所には、「見而不見,聞而不聞,知而不知」とも続きます。これは、見ていても見ていないように、聞いていても聞いていないように、知っていても知らないようにふるまうという考えです。君主が先に好みや判断を見せてしまうと、臣下はそれに合わせて取りつくろいます。そこで、君主は静かに構え、臣下の言葉と実際の働きを照らし合わせることで、真実や欠点を知るという流れになります。
もとの文脈では、これは人の欠点を意地悪く探すための言葉ではなく、権力をもつ者が自分の本心を見せずに臣下を観察する方法として述べられています。つまり、明るい所にいる相手はよく見えるが、暗い所にいる自分は相手から見えにくい、という位置の違いが、相手の疵を見つけるたとえになっています。
日本語では、漢文の「以闇見疵」を訓読調にして、「闇を以て疵を見る」という形で用います。「闇」は「あん」と読み、「疵」は「きず」と読みます。原文の政治的な場面から離れると、自分の立場や考えを先に表に出さず、落ち着いて相手や物事を見れば、見えにくかった欠点が分かる、という意味で理解されます。
ただし、現在の使い方でも、相手の欠点だけを探す態度をほめる言葉ではありません。むしろ、自分の思い込みや感情を前に出しすぎると相手の実際の姿が見えにくくなるため、静かに距離を取り、事実をよく見ることの大切さを含む表現です。
「闇を以て疵を見る」の使い方




「闇を以て疵を見る」の例文
- 部長は最初に自分の意見を言わず、闇を以て疵を見る姿勢で企画の弱点を探った。
- 審査員は表情を変えずに説明を聞き、闇を以て疵を見るように作品の欠点を見抜いた。
- 友人の言い分をすぐに否定せず、闇を以て疵を見るつもりで最後まで聞いた。
- 交渉の場で相手の出方を知るため、彼は闇を以て疵を見るように黙って観察した。
- 新しい仕組みの問題点を知るには、闇を以て疵を見る冷静さも必要だ。
- 先生は答えを先に示さず、闇を以て疵を見るように生徒たちの考え方のつまずきを見つけた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小川環樹・西田太一郎・赤塚忠編『角川新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年。
・韓非『韓非子』。























