【故事成語】
渇して井を穿つ
【読み方】
かっしていをうがつ
【意味】
物事が起こってから急いで準備しても間に合わないこと。また、必要に迫られてから対策を始めても手遅れであること。


【英語】
・close the stable door after the horse has bolted.(手遅れになってから対策する)
・too little, too late.(量も時期も足りず、もう役に立たない)
【類義語】
・渇に臨みて井を穿つ(かつにのぞみていをうがつ)
・泥棒を見て縄を綯う(どろぼうをみてなわをなう)
・戦見て矢を矧ぐ(いくさみてやをはぐ)
【対義語】
・転ばぬ先の杖(ころばぬさきのつえ)
・備えあれば憂いなし(そなえあればうれいなし)
「渇して井を穿つ」の故事
「渇して井を穿つ」は、中国古代の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』の一部である『素問(そもん)』に出てくる「渴而穿井」という表現と深く結びついています。『黄帝内経』は、戦国時代から秦・漢にかけて医学文献を集大成したものとされ、現存本は『素問』と『霊枢(れいすう)』に分けられます。
『素問』「四氣調神大論篇第二」では、季節の変化や陰陽の働きにしたがって、病気になる前から体を整えることの大切さを説きます。その流れの中で、すでに病気になってから薬を用い、すでに世の中が乱れてから治めようとするのは遅い、という考えが述べられます。
その原文には、「夫病已成而後藥之,亂己成而後治之,譬猶渴而穿井,鬥而鑄錐,不亦晚乎」とあります。やさしく言えば、「病気ができあがってから薬を使い、乱れができあがってから治めるのは、のどが渇いてから井戸を掘り、戦いになってから武器を作るようなもので、遅すぎるではないか」という意味です。
ここでいう「渴而穿井」は、「のどが渇いてから井戸を掘る」という具体的なたとえです。井戸を掘るには時間も手間もかかるため、水がすぐ必要な場面で始めても、ただちに役立つものではありません。
このたとえは、医学の話だけにとどまりません。病気を防ぐこと、乱れを防ぐこと、危険に備えることのすべてに通じる考えとして、物事が悪くなる前に手を打つ大切さを示しています。
同じ表現は、前漢の劉向(りゅうきょう)が編んだ『説苑(ぜいえん)』「奉使」にも出てきます。そこでは魯の君主が、国の危機にあわてて柳下惠(りゅうかけい)を呼び、「飢而求黍稷,渴而穿井者」と述べています。
この場面では、魯が斉に攻められて困り、急に賢い人物の力を借りようとします。魯の君主は、飢えてから穀物を求め、渇いてから井戸を掘るようなものだと、自分たちの準備の遅さを認めています。
『説苑』の用例では、国の危機に直面してから人材を頼ろうとする遅さが問題になっています。『素問』では病気や乱れへの備えを説き、『説苑』では政治や外交の場面で、事前の準備の大切さを表しています。
また、中国語の成語としては「臨渴掘井」や「渴而穿井」の形でも用いられます。「臨渴掘井」は、事が目の前に迫ってから準備に取りかかることを表し、「渴而穿井」から発展した表現として理解されています。
日本語の「渇して井を穿つ」は、漢文の「渴而穿井」を読み下した形に近い表現です。「穿つ」は穴をあける、掘るという意味をもち、この故事成語では井戸を掘ることを表します。
現在では、試験の前日に初めて勉強すること、災害が近づいてから備蓄を始めること、問題が大きくなってから対策を考えることなどに使います。どの場面でも、必要になってから始めるのでは遅いという戒めが、この故事成語の核になっています。
「渇して井を穿つ」の使い方




「渇して井を穿つ」の例文
- 台風が近づいてから懐中電灯を探すのは、渇して井を穿つようなものだ。
- 受験の直前に基礎から学び直しても、渇して井を穿つ結果になりやすい。
- 会社は事故が起きてから安全対策を始めたが、まさに渇して井を穿つ対応だった。
- 健康を害してから生活習慣を見直すだけでは、渇して井を穿つことになりかねない。
- 発表前日に資料を集め始めたため、渇して井を穿つ準備になってしまった。
- 地域の防災訓練を怠れば、災害時に渇して井を穿つ思いをすることになる。
主な参考文献
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・『黄帝内経素問』。
・劉向『説苑』前漢。
・HarperCollins Publishers『Collins COBUILD Advanced Learner’s Dictionary.』
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Dictionary.』























