【ことわざ】
親は木綿着る子は錦着る
【読み方】
おやはもめんきるこはにしききる
【意味】
親が苦労して質素に暮らし財産を築いても、子はその苦労を知らず、ぜいたくをして財産を減らしてしまうこと。


【英語】
・From shirtsleeves to shirtsleeves in three generations(苦労して築いた家の富も三代で失われる)
【類義語】
・親苦労するその子楽する孫乞食する(おやくろうするそのこらくするまごこじきする)
「親は木綿着る子は錦着る」の語源・由来
「親は木綿着る子は錦着る」は、親と子が着る衣服を対照させ、財産を築く世代と、それを使う世代との違いを表したことわざです。「木綿」は質素な普段着を、「錦」は美しい模様を織り出した華麗な絹織物(きぬおりもの)を表しています。
この衣服の対照をよく理解するための背景には、江戸時代の暮らしがあります。江戸時代には、庶民の普段着に用いる生地が、麻から木綿へと大きく移り変わりました。木綿は丈夫で肌触りがよく、吸湿性(きゅうしつせい)にも優れ、染めやすいうえに、高価な絹よりも安かったため、庶民の生活に欠かせない布となりました。
一方の錦は、金糸や色糸を使って美しい文様(もんよう)を織り出した、たいへん華麗な織物です。古くから価値の高い絹織物として扱われ、「木綿」と比べると、ぜいたくで晴れがましい衣服を強く印象づける言葉でした。
そのため、「親は木綿着る」という前半は、親が自分の暮らしをつつましくして働き、財産を残す姿を表します。これに対して、「子は錦着る」という後半は、子が親の苦労を知らず、受け継いだ富によってぜいたくをする姿を表します。衣服の違いによって、親子の生活態度の差を目に見える形にした言い方です。
同じ教訓を表す古い言葉は、『世間子息気質(せけんむすこかたぎ)』(1715年・江戸時代中期、江島其磧著)に出てきます。この作品は、商家の息子たちのさまざまな性質や暮らしぶりを描いた浮世草子(うきよぞうし)です。
その巻一には、「むかし誰かいひけん、親苦労する其子楽する孫乞食すると」とあります。親が苦労して財産を作り、その子はその財産によって楽をし、孫の代には財産を失って困窮(こんきゅう)するという戒めです。
「むかし誰かいひけん」という書き出しからは、作者がその場で作った言葉ではなく、当時すでに世間で語られていた言い回しとして取り上げたことがうかがえます。少なくとも1715年には、苦労して築いた財産も、後の世代が浪費すれば長く続かないという考えが、ことわざとして知られていました。
ただし、『世間子息気質』に出てくるのは、「親は木綿着る子は錦着る」と同じ形ではありません。直接の初出とすることはできませんが、親の苦労と子孫の浪費を戒める点では、両者に共通する考えがあります。三つの世代を順に並べた古い言い方が、親の木綿と子の錦という、分かりやすい衣服の対照によっても表されるようになったと考えられます。
現在の形では、「木綿を着る」「錦を着る」の助詞「を」を省き、「親は木綿着る」「子は錦着る」と、同じ調子で並べています。前半と後半の切れ目に読点を置き、「親は木綿着る、子は錦着る」と書く形もありますが、意味は同じです。
このことわざは、親が子に立派な服を着せる愛情をほめる言葉ではありません。親が苦労して作った財産を、子がそのありがたさを知らずに浪費してしまうことへの戒めとして用いられます。
「親は木綿着る子は錦着る」の使い方




「親は木綿着る子は錦着る」の例文
- 祖父が質素な暮らしで築いた会社を、息子がぜいたくな接待で傾けたのは、親は木綿着る子は錦着るの典型だ。
- 母が何年も節約して残した貯金を、子が遊びに使い果たし、親は木綿着る子は錦着るとなった。
- 老舗の跡継ぎが高級車ばかり買う姿を見て、近所の人は親は木綿着る子は錦着ると嘆いた。
- 親は木綿着る子は錦着るにならないよう、父は息子に家業の苦労と帳簿の見方を教えた。
- 相続した土地を次々に売る兄を見て、弟は親は木綿着る子は錦着るという言葉を思い出した。
- 創業者の努力を忘れて会社の金を浪費すれば、親は木綿着る子は錦着るという結末を招く。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2006年。
・江島其磧著、中嶋隆訳注『世間子息気質・世間娘容気―江戸の風俗小説』社会思想社、1990年。
・Jennifer Speake編『The Oxford Dictionary of Proverbs 第6版』Oxford University Press、2015年。
・東京都立図書館「江戸・東京デジタルミュージアム」『大江戸ファッション―麻から木綿へ』。
・江島其磧『世間子息気質』1715年。























