【ことわざ】
東男に京女
【読み方】
あずまおとこにきょうおんな
【意味】
男は粋でたくましい江戸の男、女は優美で情のある京都の女がよいという古い言い方。また、似合いの男女の取り合わせ。


【英語】
・The best combination is an Edo man and a Kyoto woman.(江戸の男性と京都の女性は最もよい取り合わせである)
【類義語】
・京女に東男(きょうおんなにあずまおとこ)
「東男に京女」の語源・由来
「東男に京女」は、中国の故事に由来する故事成語ではなく、日本で育った男女の取り合わせをいうことわざです。「東男」は、もとは東国(とうごく)生まれの男を指す言葉で、『万葉集』(8世紀後半成立、奈良時代)には「安豆麻乎等故」という表記で出てきます。この古い段階では、東国の男、または東国へ向かう男という意味合いが中心でした。
一方、「京女(きょうおんな)」は、京都の女、都の女を指す言葉です。『杜詩続翠抄』(1439年ごろ、室町時代)には「奈良士京女」という形が出てきます。ここでは、奈良の男と京の女を並べ、地域によって人物の印象を言い表す発想がすでにあったことが分かります。
現在の「東男に京女」に近い形は、江戸時代中期の『雲鼓評万句合』(1749年)に「初舞台あづま男に京女」と出てきます。これは雑俳(ざっぱい)の用例で、雑俳は本格的な俳諧(はいかい)から派生した遊戯的な文芸として、江戸中期に広く行われました。舞台という言葉を含むこの句では、江戸の男と京の女を並べることが、目を引く取り合わせとして働いています。
その後、「東男」は、単に東国の男というだけでなく、江戸生まれの男をほめる言い方としても使われるようになります。『柳多留』(1774年の用例)には「あづま男」という表現があり、江戸の男のたくましさや意気(いき)な気性をほめる意味が定着していたことが分かります。『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』は、万句合(まんくあわせ)から前句なしでも独立して読める句を集めた川柳集で、江戸の人々の言葉や感覚を伝える資料としても重要です。
「京女」は、京都の女性を、優美でしとやかな存在としてとらえる言葉でした。「東男に京女」では、江戸の男の粋や勢いと、京の女のたおやかさや情味が対比されます。二つの土地柄を並べることで、性格の違うものがよく釣り合うという考えが生まれ、やがて「似合いの男女の取り合わせ」をいうことわざとして定着しました。
また、このことわざには「東男に京女郎(きょうじょろう)」という異形もあります。さらに、「京女に奈良男」「越後女に上州男」「筑前女に筑後男」のように、地名を冠して男女の取り合わせをいう表現は各地にあります。こうした仲間の表現とともに、「東男に京女」は、土地のイメージを組み合わせて、相性のよさや似合いぶりを言い表す代表的なことわざになったといえます。
「東男に京女」の使い方




「東男に京女」の例文
- 祖父は、江戸っ子の祖父と京都育ちの祖母を見て、東男に京女だと笑っていた。
- 舞台で江戸の若者と京都の娘が並ぶ場面は、東男に京女という表現がよく合う。
- 彼のきっぷのよさと彼女の落ち着いた物腰は、昔の人なら東男に京女と評しただろう。
- 江戸文化と京文化を紹介する展示で、東男に京女という言い回しも取り上げられた。
- 東男に京女というように、二人は対照的な雰囲気なのに不思議とよく似合っていた。
- 地域ごとの人物像を語る古い表現として、東男に京女は今もことわざ辞典に載る。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・『万葉集』8世紀後半成立。
・『杜詩続翠抄』1439年ごろ。
・『雲鼓評万句合』1749年。
・呉陵軒可有ほか編『誹風柳多留』1765〜1840年。























