【故事成語】
業は勤むるに精しく嬉しむに荒む
【読み方】
ぎょうはつとむるにくわしくたのしむにすさむ
【意味】
学問や技芸は、勤勉に励めば深く身につくが、遊びにふけって怠れば荒廃するということ。


【英語】
・Practice makes perfect.(練習を重ねれば上達する)
【類義語】
・蛍雪の功(けいせつのこう)
「業は勤むるに精しく嬉しむに荒む」の故事
「業は勤むるに精しく嬉しむに荒む」は、中国・唐の文学者である韓愈の『進学解(しんがくかい)』に由来します。原文は「業精於勤、荒於嬉。行成於思、毀於隨」と書き、学業は勤勉によって優れたものとなり、遊びによって荒れ、行いは深く考えることによって成し遂げられ、周囲に安易に従うことによって損なわれる、という意味です。
『進学解』は、唐の元和8年、すなわち813年ごろ、韓愈が国子博士(こくしはくし)を務めていた時期に書いた文章です。「進学」は学問や徳を進めること、「解」は道理を説き明かすことを表します。国子博士は、国の高等教育機関で学生を教える官職でした。
文章は、国子先生が朝早く太学(たいがく)へ入り、学生たちを集めて教え諭す場面から始まります。国子先生は、学業が十分に身についていないことを心配すべきであり、役人が自分の能力を理解してくれないことを心配する必要はないと説きます。その冒頭に置かれているのが、「業精於勤、荒於嬉」という言葉です。
ここでいう「業」は、もともと学問や身につけるべき技芸を指します。「精」は、細かいというだけでなく、深く通じ、優れた境地に達することです。そのため、「精しく」は「詳しく知る」というよりも、努力によって学問に精通するという意味になります。
「嬉」は、この文では、単に心がうれしくなることではありません。楽しんで遊ぶことや、遊びにふけることを表します。「荒む」は、手入れを怠った土地が荒れるように、学問や技芸が衰え、身につけた力が失われることを指します。したがって、楽しみをすべて否定する言葉ではなく、遊びを優先し、学ぶ努力を怠ることを戒めています。
ところが、国子先生が教えを語り終えないうちに、学生の一人が笑って反論します。先生は長年にわたって古典を読み、昼夜を問わず勉強し、儒学を守り、立派な文章を書いてきたのに、世間から十分に認められず、官職でも苦労を重ねているではないかと問いただしたのです。
この国子先生は韓愈自身を表し、学生の反論も、韓愈が自分の境遇を別の人物の口から語らせたものです。勤勉であれば必ず世間から高く評価されると説いた直後に、努力を重ねた先生自身が不遇ではないかと問い返させることで、韓愈は、自らの才能が正しく用いられていない苦しさを表しました。
国子先生はこれに対し、大工は太い木も細い木も適した場所に用い、医師はさまざまな薬を必要に応じて使うと答えます。同じように、人を登用する者も、それぞれの長所と短所を見定め、能力に合った役目を与えるものだと説きました。最後には、自分は給料を受けながら罰せられずにいるのだから、それだけでも幸運ではないかと述べ、表面上は学生の批判を退けています。
しかし、この結びには、強い自嘲(じちょう)が込められています。『進学解』全体では、勤勉に励むことの大切さを説く一方で、努力や才能が必ずしも正当に評価されない社会の矛盾も描かれています。そのため、「業精於勤、荒於嬉」は、単独の教訓として広まっただけでなく、韓愈自身が積み重ねた学問と、その努力に見合わない境遇を背景にもつ言葉でもあります。
日本語では、漢文を読み下して「業は勤むるに精しく、嬉しむに荒む」と表します。「嬉しむ」は「たのしむ」と読みますが、「嬉む」と書く形や、「楽しむ」を用いる形もあります。いずれも、原文の「嬉」が表す、遊びにふけることを受けた言い方です。
明治20年、すなわち1887年に造られた福井県の旧龍翔小学校の校門には、『進学解』の「業は勤むるに精しく、行は思うに成る」という言葉が刻まれました。勤勉に学び、深く考えて行動することを求める教えとして、学校教育の場にも取り入れられていたことが分かります。
さらに、渋沢栄一の談話をまとめた『論語と算盤(ろんごとそろばん)』(大正5年、渋沢栄一述・梶山彬編)にも、「凡そ業は勤むるに精しく、嬉むに荒むといふが、万事が即ちそれである」とあります。ここでは、学業だけでなく、仕事や事業にも当てはまる教えとして用いられ、勤勉に取り組むほど仕事に通じ、いやいや従えば倦怠や不平が生まれると説いています。
このように、「業は勤むるに精しく嬉しむに荒む」は、もとは学生に勤勉を勧めた『進学解』冒頭の言葉です。のちには、学問だけでなく、芸事、スポーツ、仕事などにも意味が広がり、能力を磨くにはたゆまぬ努力が必要であり、怠れば身につけた力も失われるという教えとして受け継がれています。
「業は勤むるに精しく嬉しむに荒む」の使い方




「業は勤むるに精しく嬉しむに荒む」の例文
- 漢字は毎日少しずつ書いて覚えるのが大切であり、業は勤むるに精しく嬉しむに荒むという教えがよく当てはまる。
- 業は勤むるに精しく嬉しむに荒むと考え、彼女は夏休み中も欠かさずピアノの稽古を続けた。
- 監督は、業は勤むるに精しく嬉しむに荒むと選手たちに説き、基本練習をおろそかにしないよう求めた。
- 職人は業は勤むるに精しく嬉しむに荒むを胸に、長年にわたって同じ技を磨き続けた。
- 研究者は、業は勤むるに精しく嬉しむに荒むという言葉どおり、毎日の観察と記録を怠らなかった。
- 業は勤むるに精しく嬉しむに荒むという戒めを忘れ、遊びにふけって練習を休んだため、以前の腕前を失ってしまった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・韓愈著、清水茂訳『韓愈 1 世界古典文学全集30A』筑摩書房、1986年。
・韓愈『進学解』813年ごろ。
・渋沢栄一述、梶山彬編『論語と算盤』東亜堂書房、1916年。
・Oxford University Press, Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 10th ed., 2020.























